第44話 取り残された王女&公爵陣営vs情報局(NTR要素アリ)

―死の迷宮(ローザ視点)―


 どうして、私はこんな暗闇にいるの?

 誰か助けてっ。


 私の叫びは誰にも届かなかった。この空間には、私しかいない。その事実が否応いやおうなしに痛感させられる。


 本当にここは死の迷宮ラビリンスなの!? じゃあ、私はこの結界がきれたら死ぬの? 凶悪な魔物に打ちのめされて残虐に殺される。それが、王女として恵まれた運命を与えられた私の最期になるってこと!?


 そんなことは認められない。認めたくない。私は特権階級の人間なのよ。次期国王になるお兄様に愛されて、権力という力を持つはずだった私が……美しい女として、最高の時間を神から与えられるはずの私が……


 ここで、ひとり寂しく、負け犬グレアの策略によって、死を待つだけの運命になってしまったということ?


「そんなことって……認められないわ。大丈夫、お兄様が助けてくれる、今は、この屈辱を耐えれば、あの反逆者には死よりも恐ろしい罰が与えられるはずよ。落ち着きなさい。ここで取り乱そうものなら王族失格。尊厳を……威厳いげんを持ちなさい、ローザ」

 必死に暗闇で自分をなぐめる。そうしなければ、気が狂ってしまうかもしれない。私に唯一残されたのはその王族としてのプライドだけ。


 恐怖によって眠れない。今までふかふかのベッドに眠っていたはずの私は、固く冷たい地面に寝転ぶことで死の雰囲気をさとってしまう。魔物が、結界にぶつかる音がする。怪物たちは、何度も私を守る壁を叩いた。


「やだ、死にたくないよ。助けて、お兄様……」

 絶望の打撃音がフロアにとどろいた。私は、理性を保つために、「汚い水」と言っていた池に顔をつけた。冷たい液体が私の顔をおおい、理性を必死に頭につなぎとめる。水は土の味がした。こんな不衛生な水は、王宮なら床に叩きつけていたはずなのに……


 今では、どんな薬品よりも私を正気に戻してくれる。これがなければ、私はとっくの昔におかしくなっていたはずだ。


 グレアは……お兄様によって、尊厳と婚約者を奪われて、ここで死ぬ運命だった臣下は……


 こんな地獄で生き抜いてきたの?

 彼の情けない評判を聞いた時、胸がすく感じがした。やっぱり、お兄様は王の器で、自慢の兄。グレアという次期公爵すらも、生殺与奪せいさつよだつの権利を握っているカッコイイお兄様。そんな風に思っていたのに……


 太陽の魔石にあかりがともる。私の余命が1日に少なくなったことを否応いやおうなしに自覚させられる。


「やだ、死にたくない。お兄様に婚約者を寝取られたあんな情けない男に、私の高貴な運命が左右されるなんて認められないっ」


 太陽の光を感じたことで、長い間、何も食べていないはずの私は、空腹を自覚させられた。グレアが用意していたポテトが、まるでご馳走ちそうのように感じられる。


 さっきまで、嫌悪感しかなかったはずの、それは……王宮のご馳走すら上回る豪華なものに感じられる。えによって、食料を求める野獣のような身体は、自分の尊厳を死に追い込んだ。


「だめよ、誘拐犯が用意した食料なんて、手を付けちゃダメ。食べてしまえば、もう取返しがつかなくなる」と言葉にはできていても、生物としての本能は生存を優先する。


 生の芋を無意識で口に運ぶ。ガリッという鈍い音と、穀物特有の甘い味わいが広がる。贅沢な王宮生活では、吐き捨てていたはずの食料が、極上のものに感じられた。美味しい。ステーキや珍味を食べ飽きた私の舌には、空腹のスパイスが強烈に左右される。


 父上や兄上が私に植え付けた王族として矜持プライドが崩れ落ちていくことを実感する。


 そして、憎いグレアへのそこはかとない感謝を、心の中に感じてしまう。やだ。このままじゃ、兄上に対する気持ちが……


 私の敬愛する気持ちが……


 どんどん薄くなってしまう……

 そして、食べ物を用意してくれた反逆者グレアへの気持ちが、徐々に大きくなっていくのを感じる。私が10年以上かけて築き上げていった兄上に対する気持ちが……


 少しずつ消えていく。


「なんで、助けてくれないのっ!! お兄様っ!!」

 敬愛していたはずの兄への気持ちが少しずつ憎しみに変わっていく絶望が、私の心を満たしていった。



 ※


―王都(ナタリー視点)―


 私たちは、王都の城門へと向かっていった。公爵様を監視していたはずの情報局員は、コウライさんが排除してくれているはず。あとは関所の監視員を実力を持って排除してでも、死の迷宮ラビリンスに近づくだけ。そうすれば、会いたかった彼に会えるかもしれない。


 王国への反逆を覚悟してでも、最愛の息子に会いたいと願うおじさまは、ずっと無言で部下たちにすべてを任せていた。すべてを賭けた状況において、セバスチャンさんやアカネさんを信じて、何も言わない覚悟は、私にも伝わってくる。


 息子を助けるために、部下たちへの全幅の信頼を置いている。こんな状況で部下を信じ切っている公爵様の器の大きさを、私が尊敬の念を抱いてみていた。


 センパイが皆を魅了していていたのは、やっぱり公爵様の背中を見ていたからなのね。


 馬車を操っていたアカネさんは、「閣下、前方にあいつが……」と叫ぶ。

 私たちは、荷台から身を乗り出す。


 関所の前には、情報局のトップが不敵に笑って、立ち尽くしていた。


「バランド局長……」


――――

(作者)

読んでいただきたありがとうございます!

少しリアルのお仕事が繁忙期を迎えそうなので、今週~来週くらいまで更新頻度が乱れるかもしれません。その場合は、twitterや近況ノートでお伝えすることになると思いますので、ご了承ください。

引き続き楽しんでもらえると嬉しいですm(__)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る