第45話 グレアの冒険者登録試験&立ちふさがる情報局長

 ダンジョンから転移結晶を使って戻った後、俺たちは冒険者ギルドへと向かっていた。この街に来たのは、ドランさんと会うためでもある。あとは、正式な冒険者登録もしておきたい。成り行きとはいえ、冒険者になる前に、最悪のダンジョン攻略を行わざるをえなくなってしまったからな。


 今後身分を隠して行動するためにも、冒険者としての身分は都合がよかった。


「ボールス、お前の冒険者登録ってまだ生きているのか?」


「最後に地上で行動してから数十年は経っているからもうないでしょうね。行方不明か死亡判定されているはずです」


「そっか。登録には身分を証明するものとか必要じゃないのか?」


「冒険者は、実力だけが求められます。偽名で登録している者も多いですし、苗字を持たない身分の者でも試験に合格できる実力さえあれば冒険者になれます。主殿の実力なら余裕で合格できますよ」


「あんまりハードルあげるなよ。冒険者登録試験っていうのは、どういうことをするんだ?」


「実力を測るための水晶に手を置いて、客観的な実力が数値化されます。その数値が合格点に達していれば、その後、ギルド協会が選ぶ冒険者と模擬戦もぎせんを行い、その内容を見て合否が判断されます」

 試験は苦手なんだよな。そもそも、俺、肉弾戦得意じゃないし。ダンジョン内でも主に弓矢を使っていたくらいだしな。


「そう心配なさることはありませんよ」

 ボールスが笑うと、スーラが『グレア、最初に会った時みたいな顔しているよ。ドラゴンと戦った時でもそんなに心配そうな顔してなかったよ』とからかわれた。


 街の中央にあるギルド協会支部の立派な建物にたどり着いた。レンガ造りの丈夫そうな建物。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの武者たちが入っていく。その後に気後れしながら付いて行った。


「いらっしゃいませ。初めましてでしょうか? お名前とご用件をお聞かせください」

 眼鏡をかけた20代くらいの受付嬢がすずしそうな青い瞳をこちらに向けてくる。事務的な笑顔で、まるでこちらを値踏ねぶみしているように見える。


「グレンと申します。冒険者登録をしたいのですが」

 安易あんいな偽名を名乗りながら、バレやしないかと背中に冷や汗をかいた。


「あら? 魔物使いモンスターテイマーさんなのに、登録をしていなかったのかしら。それは不思議ね。おもしろいお客様に当たってしまったわ」

 怪しまれたか?


「ええ、趣味で魔物と戦っていたので」

 用意しておいた軽口を叩く。協会にいた冒険者たちは腹を抱えて笑い始めた。


「ふふ、面白いことをおっしゃるんですね。報酬もないのに、趣味で……わかりました。なにか訳があるのでしょう。ここは冒険者ギルド。実力さえあれば、歓迎される場所。あなたを歓迎します、グレン」

 さきほどまでの事務的な口調ではなく、くだけたニュアンスを含む歓迎の言葉を向けられる。


「ありがとう」


「では、最初の試験です。この水晶に手を置いてください。あなたの客観的な実力が判断されます」

 左手を言われるがまま、水晶の上に置いた。

 水晶の色がゆっくりと変わり始める。


 左が真っ赤に染まり、右が海のような青色を持ち始めた。


「えっ……なに、この反応」

 受付嬢は、さっきまでのクールな雰囲気をどこかに置き忘れてしまったかのように思わず声を発してしまったかのようにもらす。


 2つの色は中央で混ざり合い、水晶を濃いパープルに変えた。


「なんだよ、水晶があんな色に変わるの初めて見たぞ。それも2つの色がでるなんて」

「紫ってなんだよ、それもあんなに濃い」

「あいつ、さっきの酒場の奴だよな……」


 濃い紫の水晶は、外側から徐々に色を失い無色透明に戻っていく。


「まさか存在そのものが特異点……数値が出てこない。計測不能というの。あなた、本当に何者?」

 恐怖の色すら浮かべて、ブルーの瞳は俺を見つめていた。


「それで、最初の試験の結果は?」

 ダンジョン内での死闘を思い浮かべて、俺はゆっくりと受付嬢を見つめ直した。


「……っ。合格です」


 ※


―王都城門前(アカネ視点)―


「まさか、情報局のトップが自分から来るとはな」

 公爵様が驚いたように低い声を出す。


「アカネ、やってくれるか?」

 セバスチャン執事長は、覚悟を固めた表情で、馬車の手綱を交代した。


「……よろしいですか」


「ああ、構わん。すでに、王国と対立する覚悟はできている。我らが逃げる時間を稼いでくれ。あとは、事前に確認しておいた地点で合流だ」

 我が主は、ゆっくりとうなずく。


「お言葉ですが、そうではありません、公爵様、執事長」


「何だと?」

 私は不敵に笑った。


「グレア様が行方不明になった件は、王太子とあのじじいが主犯であることは間違いない。状況証拠的に考えて。その腐れ外道げどうのひとりが、私たちの目の前にノコノコ現れたんですよ。こんな機会チャンスは二度とないかもしれません。殺してしまって構わないのでしょう?」

 自分でも驚くくらい冷たい言葉が身体を震わせる。私は主たちの確認もせずに、巨悪へと立ち向かった。


 ※


―ダンジョン(王女視点)―


 何の前触れもなく光はぷつんと消えてしまう。


「えっ? えっ?」と軽蔑けいべつするような声を自分が挙げている気づいたのは、しばらく経ってからだった。まさか、結界が切れてしまったのではないか。そう思っただけで、心に冷たいナイフを突きつけられているような気分だった。


 魔物の足音が遠くで聞こえた。


「やだ、死にたくない。死にたくない」

 再び暗闇にもどされたことで、理性は粉々こなごなに砕かれてしまった。


「なんで助けてくれないのっ。お兄様、お兄様っ。私がこんなに助けてほしいって思っているのにぃ」

 あんなに愛していたはずの兄の顔が、憎く思えてしまったことに絶望しながら、永遠と思える暗闇の地獄が私に襲いかかってくる……


 まだ、悪夢は始まったばかりだ。

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