第46話 グレアに立ち向かう冒険者&メイドvs殺戮者

 俺は釈然しゃくぜんとしないまま次の試験を迎えることになった。測定不能なのに、合格していいんだろうか?


 まぁいいや。合格は合格だ。次は実技試験か。


「それでは、当方であなたと戦う冒険者を選びますので、お待ちください」

 受付嬢は、顔色を悪くしながら、今協会にいる冒険者を見回した。命知らずの冒険者たちがぎらぎらした視線をこちらに向けてくる。狙われているんだな、俺。


「なぁ、受付嬢さん。俺にやらせてくれ。さっき、酒場でこいつを見て、イライラしていたんだよ。何が特異点だ。みんなビビっちまいやがって。こいつと戦っているところなんてみたことないだろ。しょせん見かけ倒しだ。ボコボコにしてやる」

 どうして、あいつはあんなにイライラしているんだ。さっき、酒場で見かけただけの俺に対して?


「若手の有望株エジルか。おもしろくなりそうだな」

「さすがに、エジルが勝つだろ」

「みんな、どっちが勝つか賭けようぜ」


 オッズはエジルってやつが圧倒的みたいだな。だが、エジルの冒険者仲間のひとりが翻意ほんいさせようと必死に止めていた。


「ダメだ、エジル。マリオさんがあいつは危険だから、相手にしちゃいけないって言われただろう」


「うるさい。あの人は、ずっと憧れだったんだよ。だから、あんなに情けない姿みたくなかったんだ。俺がこいつをボコボコにしてやる」

 どうやら、完全に逆恨みされているみたいだな。


「わかりました。では、エジルさん、お手柔らかにお願いします」と俺は一応のセンパイを敬いながら、中庭に設置されている闘技場へと向かった。エジルの身体を観察する。無駄のないしなやかな筋肉と武骨な殺気がこちらに向けられる。


「ふん、手加減なんかしないからな」

 差し出した右手は、ぱちんと弾かれてしまう。無礼なやつだな。


 会場で対峙する。野獣のようにこちらをなめまわしている。正直、かなり不快。


「それでは、始めてください」と受付嬢さんの声が響くと、エジルは猛スピードで俺に近づいてくる。


「怖くて一歩も動けないかっ。くらえ、百獣の拳」

 激しい殴打が、身体に襲いかかってきた。


「でたぞ。百獣の拳っ」

「あれをまともにくらえば、A級だって動けなくなるぞ」

「死んだな、あいつ」


 血に飢えた冒険者は歓声の声をあげる。だが……


 俺にとっては意味不明だった。


 どうして、こいつは敵の能力もわからないのに、いきなり突っ込んでくることができるんだ?


 もし、俺がスーラのような身体だったら、どうする?

 この攻撃で倒すことができなかったら、カウンターを食らって死ぬだけだよな。

 敵の間合いに不用心につっこむなんて、あの死の迷宮ラビリンスでやれば、すぐに死体になっているレベルの暴挙。


 周囲の観衆たちの熱狂も、俺にとっては意味不明だった。

 たしかに、早いよ。それに攻撃力もありそうだ。


 でも、遅すぎる。


 ボールスの剣技ならもう俺の頭は空を飛んでいる。

 世界最悪のダンジョンで、最高クラスの魔物たちと命がけの勝負をしてきたからかもしれない。皆がめるエジルの攻撃はスキだらけだった。


「悪く思うなよ」

 スキだらけのエジルの左肩に向けて、カウンターの拳を振るう。あえて、致命傷ちめいしょうにならないようにそこを選んだ。


 パンチが直撃した武闘家の身体が、驚くほどよく飛んだ。ガンと鈍い音を立てて、壁に叩きつけられたエジルは一瞬で意識を失ったようだ。ヤバい、やりすぎたか。


 俺はあわてて彼のもとに駆け付ける。会場はさっきまでの熱狂はどこかに消えていた。


「ほん、もの、だ」

 誰かが短くそう言ったのが、なぜか印象的だった。


 ※


―王都(アカネ視点)―


 情報局。このイブグランド王国の暗部を取り仕切る存在。情報局長は、その暗部の元締めで、王族の忠実な下僕しもべ。20年戦争の時は、国王の側近として近衛騎士団を率いて各地を転戦した歴戦の勇者。そして、その時ついた異名は"イブグランドの殺戮者さつりくしゃ"。


 敵対的な支配地には虐殺すらいとわずに徹底的に弾圧する。

 ブーラン王国の王族とその血縁者には、老若男女問わず処刑し、敵味方関係なく恐怖を植え付けていた。


「おやおや、公爵閣下も……自分の愛人を、こちらにあてがうとは……」

 老人は不敵な笑みを浮かべている。公爵様は、身寄りもなかった私を育ててくれた大恩人。愛人なんて恐れも多すぎる。閣下が愛しているのは奥様ただひとり。主への侮辱ぶじょくは許さない。


「減らず口をっ」

 すでに、全力で攻撃を仕掛けている。全力で投げつけた苦無くないを安々とかわされて、徐々に距離を詰められる。これ以上の飛び道具は意味がない。ここまで距離を詰められたら、カウンターを食らいやすくなるだけ。


 私は脚に仕込んでいた短刀を両手に持つ。今までは苦無だけが攻撃方法だと思っていたはずの老人なら対応が遅れるはず。


 一気に前進して、敵を斬りつけようとした私の短剣は鈍い音をして受け止められた。


「剣など久しぶりだな、楽しませくれよ、若者よ」

 同じようにどこからともなく取り出された敵のソードによって、私の攻撃は完全に受け止められている。


「どうして、わかった?」


「簡単なことだよ。キミは、無意識に脚をかばって動かす癖がついている。なにか短刀のようなものを、その長いスカートの中に隠しているとすれば、整合する。そして……」


 こちらの左のくつに仕込まれた隠しナイフが、老人の胸に向かったものの、歳に似合わない軽快な動きで後方に飛び攻撃は簡単に避けられてしまった。


「ちぃっ」


「簡単なことだよ。靴の重みが左右で違うことで、キミの攻撃はわずかに重心移動がずれている。よって、脚に短刀以外の切り札が隠されているなんてことも容易に想像がつく。残念だったな」


 こいつ強い。陰でコソコソ動いているだけの相手と思っていたが、どうやら殺戮者という異名は腐っていないようだ。


 私は動きやすいように、短刀を使ってメイド服のスカートを斬り、短くした。全力で行かなければ、殺されるのはこちら。


「おやおや、ずいぶん扇情的せんじょうてきだね。そして、その様子なら隠しナイフはもうないと言っているだけじゃないか。墓穴を掘ったな。さすがは、元・異国の奴隷の子供。その汚らわしい血筋など、我が神聖な王国にはいらない。よって、正義を執行する」


 その言葉を聞きながら、私はグレア様のことを思い出していた。涙を我慢しながら、殺戮者をにらむ。


 否定させない。なにが正義だ。私を救ってくれたのは、お前たちが掲げるゆがんだ正義じゃない。私に向けてくれたグレア様の誠実な気持ちと信頼だ。


 だから、あんたたちが掲げる正義なんて、私が否定してやるっ!!

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