第47話 ダンジョン生活2日目の王女&アカネの過去
「ひぃ、どうして誰も来てくれないの。結界が破られたらどうなるの。怖いよ、怖いよ。誰か助けて」
何度も許しを求める。神様に……
私はイブグランド王国の王女だったはず。でも、このダンジョンではただの何もできない馬鹿な女。
ゴブリンやオークは、人間の女が大好物。だから、悪いことをしたら魔物にさらわれますよ。侍女が読み聞かせてくれた絵本を思い出した。
でも、現実はこんなに怖いなんて思わなかった。魔物には言葉が通用しない。私がどんなに王族の権威を伝えても、待っているのはさっきの兵士のように血祭りにあげられるか……
王族に歯向かった者はこのダンジョンに連れて来られて、魔物やトラップのえじきになる。そうなれば、証拠なんて残らないし、不敬をはたらいた者はただ、神隠しにあったみたいにこつ然と姿を消す。それが都合がよかったから、このダンジョンは使われていた。私だって気に食わないメイドや奴隷をここに落としたことが何度かある。
まさか、自分が同じ目に合うなんて……
私みたいな王族という特権だけで生きてきた女がそれに耐えられるわけがない。
魔石が効果を発動し、また明るくなった。暗闇が消えて、少しだけ理性が仕事を取り戻す。もしかして、これは夢で私は王宮のベッドで目をさましただけじゃないか。その細い希望にすがるも、泥にまみれたドレスとごつごつとした岩が厳しい現実を教えてくれる。
「違う、夢じゃない。ここは、夢なんかじゃないっ」
自分のものと思われる悲痛な声がフロアに響く。そして、気が付いた。私の命は1日減ったということに……
死刑台を目指す13階段。私は運命という危険な女神に誘われて、少しずつ死へと向かっていく。いやだ、死にたくない。助けて。
のどの渇きに襲われて、昨日まで泥水だと思っていた水を、必死にすする。汚い音をたててみじめに……
もし、あの男がここではない場所に私を放置していたら……
たぶん、数分後には自分は死んでいた。私は、グレアによって生かされている。
もう、私は王女じゃなくて、あいつの
「あら、やっと自分がやってきたことに気づいたのね。どう、泣き叫んで許しを求めた私たちと同じ境遇になった気持ちは……」
幻聴が聞こえた。昔、ここに落としたメイドの声に聞こえた。
「いやああああぁぁっぁぁああああああああああ」
※
―王都(アカネ視点)―
殺戮者は、楽しそうに剣を振るう。すべてが致命傷を狙った攻撃。さらに、重い剣を軽々と動かしているため、私は自分の短剣でそれを受け止めるものの、衝撃によって態勢を崩されてしまい反撃を狙うこともできなかった。
「圧倒的な実力差ゆえだな。簡単なことだ」
淡々と連撃をこなす老人。まるで息もあがっていない。
「ちぃ……」
「どうした、反撃しなければ、いつかは死ぬぞ?」と一切のスキもなく笑う。遊んでいるのがよくわかる。
このままこいつを殺さなければ、グレア様の無念を晴らすこともできない。私は……公爵様とグレア様は、私の命を助けてくれた大恩人。この身に変えてもふたりを助けるっ。
極限状態で遠い過去の記憶が呼び覚まされる。
※
―アカネ回想―
もう母の記憶もあやふやだ。覚えているのは奴隷船で泣いていた時の記憶。
『ねぇ、ママは? ここはどこ? どうして、私たちは船に乗せられているの?』
『やめて、ぶたないで。言うこと聞きます。もう、嘘はつきません』
『いやぁ、やめて』
最悪の場所から救い出してくれたのは公爵様だった。
戦争に負けて死んだブーラン貴族の奴隷だった私に……
「かわいそうに。まだ、こんな幼いドレイとは……どうだ、一緒に来るか?」
公爵様や執事長は、何も知らなかった私に一流のメイドとしての教育を
でも、私は異国から来た元・奴隷。差別や心無い言葉はいつもぶつけられていた。
『なによ、あの黒い髪。悪魔みたいね』
『近寄らないで、奴隷がうつる』
『えこひいき。奴隷の癖に』
心が死にかけていた時、私を本当の意味で救ってくれたのは、グレア様だった。
幼い彼は、純粋無垢な瞳でじっと見つめて泣いていた私の涙をぬぐってくれた。
「泣かないで、アカネ。皆はアカネとあんまり話しちゃダメだっていうけど、僕はそうは思わないよ。アカネはいつも優しいもん。……えっ、黒い髪が怖くないかって。怖いわけがないよ。だって、とってもきれいだ」
※
彼をずっと守る。そう決めていたはずなのに。守れなかった。私は、恩知らずのオロカモノ。後悔なんて言葉じゃ足りないくらいの絶望。
勝てないならせめて相討ちを……
こうなる可能性も考えて、胸のポケットには爆発魔力が込められた魔石を忍ばせている。致命傷を負う覚悟で突撃すれば、あの老人と一緒に自爆するくらいならできる。あえて、スカートを破って、隠し玉がないように見せたのは演出。これが本命。
もう、これしかない。大恩あるあの温かい家族に、報いるには……
悲壮な覚悟を固めていた私の右肩が優しくつかまれた。敵ではないと直感でわかるほど、優しい手。
「やめておけ、アカネ。死ぬだけが恩返しなんかじゃない。お前が死ねば、兄上が悲しむ」
どうして、あなたがここにいるの?
公爵領で留守を預かっているはずのに。
「オーラリア、様?」
「駆けつけて正解だったな。父上と執事長はすでに護衛と合流している。あとは、任せろ」
青い髪が夜風になびいた。公爵家の切り札であるオーラリア様が前に進む。
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