第20話 土人形&悪名名高い情報局

「じゃあ、行くか」

 俺たちは9階で見つけた下り階段の場所まで転移する。ここからは歴戦の冒険者でもなかなか到達できない禁断のエリア。魔物たちの強さは格段に上がる。まるで、そのエリアは、殺気立っているように思えた。地獄への入口というのはこういうところを言うんだろうなと、俺はうっすら思った。


 だが、俺の味方はそいつらにすら簡単に負けないだろうという自信があった。

 ゆっくりと階段を降りる。ぽたぽたと天井から湧水わきみずがしたたり落ちていた。その水音はどこか不気味。どこかに湧水でもあるんだろうか。このダンジョンの不思議なところは、水脈が多いところだ。俺たちのアジトでも聖域のほかにも給水ポイントのようなものが多くあった。


 最前列のボールスが下りると、すぐに足を止めた。そして、「なんだと」と言葉をしぼりだす。冒険に慣れていて、圧倒的な経験値を誇る騎士が驚いて足を止める。もう、嫌な予感しかない。


「どうした、ボールス……」

少しだけ声が震える。 


「そんなバカな。私がここまで来た時に、こんなことはなかったはず。グレア、すぐに引き返して……」

 騎士が心から叫ぼうとした瞬間、最後尾さいこうびのマーリンが「うわ」と声を発して、階段を転げ落ちる。俺はあいつの軽い身体を支えてやる。その顔は必死の形相ぎょうそうになっていた。


「大丈夫か、マーリン」


「いきなり、後ろに。大きな体の……」

 言葉にならない様子で後ろを指さすと、いつの間にか人型のモンスターが現れていた。まさか、奇襲か。俺たちは階段を降りて、そいつを迎撃しようとするが……


 10階は異様な構造となっていた。ワンフロアしか存在しない。だだっ広いフロアの反対側に11階へと続く階段があるのが確認できた。だが……


「ちぃ、はさみ撃ちか」とボールスは恨めしそうに怒気を込める。

 フロアの地面からはボコボコと土人形たちが湧き出ていた。1メートルくらいの人型の魔物たちが無数に出現していく。挟み撃ちはかなり不利だ。敵の数が多ければ多いほど、俺たちは疲弊して押し切られる可能性が高くなる。


 俺たちの目の前に現れたのは土人形と呼ばれる凶悪な魔物たちだ。最悪の凶悪モンスターの一体。どこかに潜んだ本体を倒さなければ、地面から生み出される分身たちが倒しても倒しても増殖していく特徴を持っている。仮に、こいつが地上に現れたら冒険者ギルドは、ただちに最精鋭部隊を送り込み排除することになる。なぜなら、簡単にひとつの集落くらい破壊してしまうほどの災害を引き起こす可能性が高いからだ。強力なモンスターが軍隊のような徒党を組んで、押し寄せてくる。


 それがダンジョンのワンフロアに大量に出現しているんだ。それも挟み撃ち。最悪の状況。完全に殺しに来ているとしか思えない。


「ボールス、お前がドラゴンに挑んだ時もこんな仕掛けがあったのか?」


「いや、そんなことはありませんでした。そもそも、この階は入り組んだ迷路のようになっていたはず。まるで、地形が変わっている……」


「なんだよ、それ。ダンジョンの地形が時間経過で変わるなんて聞いてないぜ」

 身軽に飛び込んできた土人形の一体はボールスによってあえなく撃退される。後方の土人形もマーリンによる魔力攻撃で粉砕されていた。一体一体の守備力はそこまでではないのが唯一の救いだな。


「みんな、この数の敵じゃいずれジリ貧になる。一度、階段を上がって撤退するぞ」

 俺がそう言うのを待っていたかのように、階段付近の天井は崩落する。崩落によって、撤退は不可能となった。おそらく天井にも仕掛けがあったんだろう。土を使うモンスターならそれくらいのことは容易だろうな。


「どうすりゃいいんだよ」


『グレア、転移結晶は?』


「それだ」とばかりにスーラの助言を聞いて、俺は転移結晶を発動させようと、天に掲げた。しかし……


「転移結晶が発動しない?」


「まさか、転移無効化エリアかっ!!」

 マーリンが絶望したように叫ぶ。完全に、逃げ道を防がれた。魔石無効化エリア。地上で読んでいた冒険者の本に書いてあった危険な場所だ。実際に入ってみなければ、そこが魔石が使えないエリアだとはわからない。完全に地雷エリア。逃げ道は完全にふさがれた。


 こうなってしまった以上、俺たちが生き残るには、この無数の土人形から本体を見つけ出して倒すしかない。


 悪夢のような地獄が目の前に待ち受けていた……


 ※


―王都(ナタリー視点)―


 私は夕方の街で、ミザイル公爵と密会していた。

 今回は彼の方から私を呼び出した。どうやら情報局関係で動きがあったらしい。アカネさんの調査がうまくいったのだろう。アカネさんの祖先は東大陸の島国出身らしい。彼女は、王都でも珍しいハッと息をのむような美しい黒髪を持っている。さらに、異国に伝わる珍しい武術も極めた公爵閣下のボディーガード的な存在でもあった。


「実はね、見つけたんだよ。1か月前から行方不明になっている情報局員がいる。彼は、グレアが行方不明になる前日に王都の市場で目撃されたのが最後、その日以降、誰も彼を見ていないんだ。気になるだろう? そして、情報局の局長であるバランドが当日から3日間ほど王都を抜け出しているのも、公的な記録から確認できた」


「情報局の最高責任者、自らが誘拐ゆうかいを指揮したということですか!!」

 にわかに信じがたいことだったが、公爵閣下はうなずいた。


「あいつは用心深い男だ。重要案件であれば、自分から動くさ」


「そうなると、やはり王族の指示があったと言うことですね。王太子は、間違いなく黒」

 私は、"殿下"という言葉をあえてつけないようにしている。あいつを敬う気持ちなんて毛頭もうとうない。


「そうだね。王族の、いや自分自身の醜聞しゅうぶんを隠すために……」

 いつもは優しい老人が怒りに震えている。


 私たちは、センパイが生きていることを信じて、動いている。しかし、客観的に見れば、生存は絶望的だとみていいだろう。1か月もの間、彼の消息に関する情報が一切出てこない。そして、王太子と悪名名高い情報局が動いたとなると最悪の可能性を考慮に入れなくてはいけなくなる。


 私は右手の爪を左手に食い込ませながら痛みで泣かないように耐えていた。許せない、そんな自分の保身のために、私たちの大事な人を苦しめるなんて……


「ミザイル卿、申し訳ございません」

 馬車を動かしているアカネさんは冷たく言葉を発する。


「どうした?」


「何者かにつけられているようです……」

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