第19話 追放1か月後

「ああ、疲れた体にイモはしみるな」

 首無騎士ことボールスを仲間に加えた俺たちは順調にダンジョンを攻略していた。現在は9階までのマッピングが完了した。ダンジョン生活も早くも1か月が経過している。聖域に植えたイモは順調に育ち、食べることができるほどになっていた。


 水を沸かして、イモをふかし、塩をつけて食べる。あとは、ダンジョン内を狩猟して手に入れた獣型モンスターの肉を塩漬けやスモークすることで作ったベーコンやハムを食べて、最低限の食生活を送れるところまで生活の質を上げることができている。塩漬け肉とイモは荷物にならないので、ダンジョン攻略の時にもっていって弁当として食べている。ふかしたイモと塩漬け肉なら味付けのバランスも良いからな。他の冒険者と交換した玉ねぎがあれば、その3つを炒めて「シュペックカルトッフェルン」にもできるし。


 まぁ、アンデッドのため食事を必要としないボールスや水分があれば生きているスーラは食事が不要なので、主に俺とマーリンのためだが。


「あとはフルーツや野菜、魚を腹いっぱい食いたいな」

 王都の贅沢な食事に慣れているせいか、そんな不謹慎な考えが頭をよぎる。


「グレア殿は元貴族ゆえ仕方がないでしょうね。俺は、もう食事なんて何年も取っていないから味なんて忘れてしまいました」

 ちなみに、ボールスは移動の際は鉄仮面を付けてもらっている。見つけておいた冒険者の遺品を拝借はいしゃくした。ふいに現れた冒険者を驚かせないようにする配慮だ。少し擬態すればマーリンとこいつは通常の人間形態なので、街の中にも普通に入れそうだよな。


「ボールスは食事とかできるのか?」


「首の中に直接入れることでできるようですが、味などはわかりませんな。なにぶん、舌がないもので」


「なのに、よく会話ができるな、ほんと。腹とかに口があったりしない?」


「それは魔物の能力なのでしょう。鎧の中を見るのはあまりおすすめしませんぞ。眠れなくなるくらい悲惨な状況でしょうから」

 そんなブラックジョークでお互いに笑うほど、信頼関係は作れている。


 野菜とフルーツはダンジョン内の情報を売ることで、偶然出会った冒険者と交換しているが何分貴重でなかなか手に入らない。しなびれたキャベツやリンゴがここではごちそうだ。


「ドラゴンは15階、人間の最高到達地点は20階か。少しずつ近づいてきたな」

 ここに挑戦する冒険者の8割は10階までたどり着けずに挫折しているらしい。それよりも下に降りた冒険者はほとんどが行方不明。つまり、生死不明なわけだが、大部分は道中で死亡していると考えられる。


 ボールスたちもA級上位クラスのメンバーで挑戦し敗れたわけだからな。


『ボクは基本的に浅い階でお散歩してただけだから、深く潜るのが楽しいよ』

 実際、俺たちが9階までクリアしたのはボールスとスーラのおかげでもある。


 スーラは物理攻撃を無効化して、ボールスは魔力攻撃に対して最強クラスの耐性がある。「白銀の鎧シルバーアーマー」。あらゆる魔力攻撃やブレス攻撃のダメージを軽減する超貴重防具らしい。この最強の鎧のおかげで、凶悪な魔物たちの飛び道具はほとんどシャットダウンできた。あとは遠距離から俺とマーリンが安全に排除すれば負けはなくなる。


 俺たちは自信を深めていく。

 

 ※


―王都(ミザイル公爵視点)―


 これでひと段落か。私は、農務卿の辞任手続きを終えて、農務省を後にした。思えば10年ほどここのトップを務めたわけだ。名残惜しくないと言えばうそになる。だが、最優先すべきは息子のことだ。すでに、あらゆる人脈と情報源を使って、グレアの行方を追っている。ナタリーが手伝ってくれているので仕事は順調に進んでいた。


「お疲れさまでした、閣下」

 ナタリーが私を馬車で出迎えてくれる。この馬車の中は、魔力による盗聴の心配もない安全な場所で、私たちはお互いの調査結果をそこで話すようにしていた。誰かに勘繰かんぐられることを防ぐため、場所を変えて。


 彼女と協力した調査で、グレアが行方不明になった日、学園寮に怪しげな男たち数人が出入りしたことは確認できた。学園内は貴族の子弟ばかりだ。よって、警備体制が万全で、不審な出入りはすぐにわかる。怪しげな男たちの入校記録には、造園業者と書かれていたが、ナタリーの調査で造園作業は1週間前に終わっているのがわかっている。この短期スパンで業者が出入りするのはありえない。


 唯一、忘れ物などの所用も考えられるが、そちらは学園側に対して、私が造園業者名を確認し、当人たちに直接確認し「その日は別の伯爵邸の作業日で、学園になんか行けるはずがない」と言質を取っている。


「やはり、あの造園業者は偽物でしたか」


「ああ。ただし、関所の出入記録から同じ馬車が、王都の外に出たことは確認できたよ」


「本当ですか。では、センパイは王都の外に誘拐されたんですね。馬車の持ち主などは?」


「調べたが、盗難されたものらしい。2週間前に王宮の近くで乗り捨てられていたのが見つかっているよ」


「じゃあ、犯人の正体は、わかりませんか……」


「いや、落胆することはない。アカネ君?」

 私は、馬車の手綱を握るメイドのアカネに声をかける。結った黒髪を揺らしながら、彼女はこちらを見つめる。


「はい」


「この手口、おそらく情報局か近衛騎士団の仕業で間違いないだろう。ここまでわかれば、リスクをかけて調査することもできる。例の協力者を使って、事件当日の情報局幹部のなかに、王都を不在にしていたものがいないか調べてくれ。公爵家の跡継ぎを拉致らちしたわけだ。現場指揮には課長級以上の大物が動いているはず。あと、局員や騎士団員の誰かが最近死亡もしくは行方不明になっていないかもだ」


「御意」


「ぬかるなよ」

 馬車は夕暮れの街をゆっくりと進んでいった。

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