第18話 デュラハンの勧誘&王太子の傲慢(NTR要素アリ)

 俺は過去の世界から現在へと連れ戻された。氷の中では首無騎士デュラハンが暴れている。


「心の中に土足で入ってくるなァ。恥を知れ、人間」

 氷は厚くビクともしない。


「もういいだろう、首無騎士デュラハン。終わりにしよう。やめろよ。自分を責め続けるのは……俺はお前の本質を知っちまったんだよ。ずっとひとりで戦い続けていたんだろう。10年以上……」


「黙れ、黙れ。俺はただ人間を憎んで……」

 それでも怒気を強める騎士に対して、俺は歩み寄る。「グレア、危ない」とスーラたちが止めようとするが、俺は歩みをやめなかった。


「じゃあ、殺してみろよ。おれをさ」


「なっ」

 動かずとも剣が届く場所まで、近づく人間に対して、一度は剣を握った騎士は何もせずに拳の力を緩めて、剣を落下させる。


「なっ、殺せない。お前は優しすぎるんだ」


「どうして気づいた……」


「さっき、お前の過去をのぞかせてもらった。国に裏切られて、この世界の暗部を知った一人の冒険者が考えそうなことなんて、わかりきっているよ。お前は、このフロアで執拗しつように人間を追いかけていたけどさ。それは、自分の様な犠牲者をひとりでも減らそうとしていたんだろ?」


「……」

 おかしなことはいくつもあった。そもそも首無騎士デュラハンの斬撃なら、下半身が動かせなくても、俺たちに致命傷を与えることができるはずなんだ。でも、こいつはそれをしようとはしなかった。それに重傷を負っていたドランさんが、2階まで無事に帰って来れたのもおかしい。あの傷ならこの階で間違いなくこいつからは逃げることはできなかったはず。


 つまり、こいつは人間を襲うふりをして、逆に人間がドラゴンに接触しないようにしていたのだとすれば全てのつじつまが合う。仮に、こいつの追跡を突破した冒険者グループもかなりのダメージや消耗が発生しているだろうし、そんなに奥深くに潜ることはできずに引き返すことになるだろう。


 そうすれば冒険者の犠牲は少なくなる。こいつは何度、自分の身が傷ついても復活し、冒険者を追い続けた。自分の身を犠牲にして、少しでも仲間たちの命を繋げるために。


 地獄の苦しみに耐えながら……


「もういいんだよ。他人のために、自分を犠牲にするのはさ」


「お前に何がわかる。国に裏切られ、仲間を犠牲にしなくてはいけなくなった俺の気持ちがわかるのか。痛みに耐え、異形となってもまだ死ぬこともできない俺の気持ちが……せめて、せめて、これ以上の犠牲者が出ないように……仲間たちの命が無駄にならないように。俺は、犠牲になってくれた仲間たちから受けた恩をこんな形でしか返せないんだっ!!」


 顔はなくても、騎士は泣いていた。自分の無力感と罪の深さ、そして、世界に対する絶望。もしかすると、俺もこういう風になっていたのかもしれない。そういう未来もあったはずだ。だけど、俺には仲間がいる。


「いい加減にしろっ!!」

 銀の鎧に対して、拳を強打する。右手は血ににじんでいく。


「なにを……」


「いいか。仲間たちは……お前を愛してくれた人たちは、お前が苦しむことを望んでなんかない。お前に笑っていて欲しいんだよ。自分を犠牲にすることが、死んだ仲間たちの願いじゃねぇんだよ」


「なら、どうすればいい。俺の今までを否定して、お前は何を見せてくれるんだ」

 昔、父親を失って泣いてばかりいたナタリーに言ったことがある。それと同じことを俺はまた口に出す。公爵家を継いで、俺が政治の世界でやりたかったことを……


「この手を取れ、そして、この腐った世界を一緒に変えようぜ。俺たちならきっとそれができるはずだ、ボールスっ!」

 家族とナタリーの顔が思い浮かんだ。


 冷たい鎧に包まれた騎士の手は、俺の差しだした手をゆっくりとつかんだ。


 ※


―王都(王太子視点)―


 ソフィーを堕としたことで、俺は優越感に満たされていた。

 あの固い優等生がついに俺に完全に篭絡ろうらくされた。それも相手はあのムカつくグレアの元婚約者。完璧だ。グレアはあのダンジョンで死んでも死にきれないだろうな。もしかしたらアンデッドになって出てくるかもしれない。


 そして、ソフィーの変わり果てた姿を見て、どんなふうに絶望するだろうか。お前のものになるはずだった優等生女が、今では俺しか見ないような浅はかなバカになり下がったのだからな。


「ああ、殿下すてきです。最近、来てくださらないので、忘れられたのかと心配になっていたんですよぉ」

 今夜は、別の女の家に来ていた。こいつは、イブグランド王国に続く由緒ゆいしょ正しい子爵家の一人娘。婚約者もいるはずなのに、すっかり俺のとりこになっている。ソフィーよりも前に堕としたコレクションのひとりだ。今では自分から婚約者の目を盗んで、俺との密会を楽しんでいる。


「そんなわけないだろ。こう見えても王太子だからな。忙しいんだよ」

 俺がソフィーに忙しかったせいで、こいつはかなりメンタルをおかしくしていたそうだ。その情報を聞きつけて、こうしてフォローに来てみたわけだな。


「本当ですか? もしかして、別の女の所に行ってたんじゃ……」


「そんなわけないだろ。俺が婚約者を作らないのは、お前のためだよ。わかっているだろう。それよりもお前だって本当は婚約者のことどう思っているんだよ。昔から仲が良かっただろ?」


「まぁ、そうですけど……今じゃちょっと気持ち悪くて、手も握れないんですよ。彼は、婿入りして私の家を存続させるためだけにいるっていうか。もう、愛情とかどうでもいいんですよね。それよりも、私は殿下のことが大好きです」

 

 その言葉を聞きながら、俺はほくそ笑む。


 結局、グレアとソフィーのような幸せそうな男女の仲を引き裂くのが最高なんだ。どんなに固く信頼関係に結ばれている男女でも、俺の地位と権力があればこうなる。あの優等生ソフィーがどこまで落ちるのか、楽しみだ。

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