第17話 デュラハンの過去&動乱に向かう王国

 デュラハンは苦しみながら、騎士団に問いかける。


「不都合な真実だとっ!?」


「おやおや、さすがはA級冒険者様だ。その毒牙のナイフを食らいながらしゃべることができるとはね。では、お話ししましょう。私たちは、あなたたちがドラゴンに勝てると本気で思って、送り出しているとでも思ったのですか?」

 下品な笑いを浮かべながら、騎士団員4名はばかにしたように続ける。


「我々は、あなたたちがドラゴンに負けることを期待して、送り出しているのです」


「イブグランド王国は、ブーラン王国との20年戦争に勝利するために、この死の迷宮ラビリンスに住まうドラゴンと契約をしているんですよ。ドラゴンがこちらに味方する代わりに……」


生贄いけにえとなる冒険者を定期的に提供するとね」


「だから、ドラゴンが圧倒的な強さだと知っている生存者がいると都合が悪いんですよ。キミたちに続く人たちが誰もいなくなってしまうじゃないですかぁ。あなたたちは、ドラゴンにやられたかそれとも道中で無念の死を遂げたかどちらかわからない。それくらいが冒険者の挑戦心をくすぐるでしょ?」


「我が国には、凄腕の冒険者よりも強い赤き巨竜様がいらっしゃいますからね。巨竜様は、強い冒険者を食べれば食べるほど力をつけることができるそうです」


「じゃあ、さようなら。ボールス殿」


 国に裏切られて絶望した俺は、さらなる恥部を見せつけられたことにいきどおる。


「(この国はどこまで腐っていれば気が済むんだ)」

 

 必死にこぶしを握り締めて、デュラハンの絶望を受け止める。


 倒れた戦士は「ふざけるなぁっ」とすごんだ。瀕死の身体のどこにそんな余裕があるのかわからない。毒ナイフを使ってあとはなぶり殺すだけだと思っていた騎士団は、彼の迫力により「ひっ」とたじろいだ……。


 数秒後には、全員の首が胴体と分離していた。


「ゲスが。だが、ここまでか……薬草も毒消しももう使いきった」

 無理をして、騎士団員を圧倒した戦士は、ナイフを突き刺されてた左足を見ながら自嘲じちょうする。


「人間だと思って油断した。警戒を解かなければ、あの程度の攻撃……」

 だが、誰も責めることはできないと俺は思う。すくなくとも、デュラハンひとりでここまで帰って来たんだ。騎士団が動き回れるほど、浅い階に戻って来ただけでも、偉業だろう。


 死の迷宮ラビリンスに、邪悪な巨竜がいることは知られていた。でも、それが国の暗部とつながっていたとは……


 そういえば、あのフロアには骨が多く転がっていた。あんなに深いフロアにたどり着ける冒険者がそんなにいるわけがない。じゃあ、あの人間の骨はどこからやってきたんだ。


 もしかすると……

 国の暗部が秘密裏に生贄を運び入れているのか?


 この事実は、おそらく王族と近衛騎士団、そして近衛騎士団出身者が多く在籍する情報局員だけの秘密。


 だが、この推測でひとつだけわからないことがある。それは……

 どうして、俺を竜の生贄にしなかったのかだ。


 できない理由があったということかもしれない。考えを巡らせているうちに、すべてに絶望したデュラハンは最悪の行動に出ていた。


「皆の命をつなぐことができずに、すまなかったな。俺もそっちに行く」

 自分の愛剣を首筋に突き付ける戦士。


「やめろ、早まるな」

 思わず口から出てしまった。だが、過去は変えられない。


「俺は絶対に人間たちを許さない。俺たちの命をもてあそんだイブグランド王国め。死んでも、呪ってやる」

 呪詛じゅその言葉を吐きながら、戦士は死を選んだ。


 俺は目をそむける。ダンジョンの床と壁は血に汚れ、凄惨せいさんな現場だけが残される。


 そして、運命は不幸な連鎖を生んだ。


『おい、こっちで誰かが倒れているぞ』

 数分後、別の冒険者チームが横たわる5人の遺体を発見した……。もう少し早ければ結果は変わっていたのかもしれない


 俺は悲しみの慟哭どうこくをあげながら、現実世界に引き戻された。


 ※


―王都(ナタリー視点)―


 私は再びミザイル公爵邸を訪ねた。


「よく来たね、ナタリー。嬉しいよ」

 彼はいつものように朗らかな笑顔で出迎えてくれる。


「閣下、農務卿を辞任なさったと聞いて、驚いて……」


「それでここに来てくれたのか。嬉しいね。すまない、来客中だから隣の部屋でもう少し待っていてくれ」


「わかりました」

 私は別室で待機する。隣の部屋では来客が大きな声をあげていた。


『お考え直しください、ミザイル閣下。この国は閣下がいたからこそ、バランスが取れていたのです。あなたがいなくなれば……』


「何を言うんだね。私は宮中序列4位のしがない農務卿だよ。呼び止められる価値はないよ」

 来客の焦りとは裏腹に、閣下は覚悟を決めているのか飄々ひょうひょうとしていた。


 多くの有識者は、序列こそ臣下4位だが、ミザイル公爵が国の要だと言うことを理解している。食料問題などは、彼の卓越する政治センスによって、なんとか表だたないようにギリギリの調整がなされているとみんなが噂していた。


 その要石が、自ら中央からいなくなろうとしている。


「しかし、国王陛下からもあなたに見捨てられたら困ると……」


「それはありがたい評価だね。だが、わかるだろう。長男が失踪しっそうしたんだ。その苦しみは海よりも深い。このままではいつか正常な判断ができなくなるだろう。迷惑をかける前に、自ら席を譲ろうと思うのだよ」


「陛下は、農務卿が不満なら、外務卿や宰相の地位も約束するとっ!!」


「ポストの問題ではないんだよ。これは家族の問題だからね。少なくとも、息子の無事が確認できるまでは政務にはもどらない」

 いつも優しい閣下としては珍しく強い口調だ。そこまで言われたら、国王の使者も何も言えなくなってしまう。「失礼します」と落胆して、ドアが閉じる音がした。


 そして、公爵は私の部屋に入ってきた。ちょっとおどけたような顔をしながら。


「よろしかったのですか?」


「構わんよ。グレアを探すためには、自由な身の方が都合がよい」


「ですが、閣下が政権から離れれば……」


「派閥抗争など水面下の対立を抱えるイブグランド王国は動乱の時代を迎えるかもしれないね。だが、私は別にそれでもいいと思っているよ」

 彼の顔からは静かな怒りが浮かんでいた。


「……」


「誰が、子供に危害を加えた加害者に加担すると思うかね? この国の将来などもう知ったことではない。さて、ナタリー。私は、キミを高く評価している。キミは幼いころから政治の嫌なところを見ているからね。逆に、そういう機微には敏感だし、非常に頭が切れる。公爵家の跡取りはグレアかオーラリアだが、私の政治的な後継者はキミだとも思っている」


「身に余るお言葉です」


謙遜けんそんしなくてもいいよ。オーラリアにはすでに留学先から帰るように連絡済みだ。ここからはオーラリアを入れた3人で、この国と戦うことになるぞ」

 

 その力強い言葉に、私も力強く頷いて答える。ここからが本番だ。


――――――――――――

ステータス

ナタリー=アンダーウッド(子爵令嬢)

→グレアの幼馴染の後輩。政争が原因で父親を早くに亡くした。アンダーウッド子爵家の一人娘。非常に優秀な学生で、ボーイッシュで気さくなため女子からも好かれ、裏では男子からの人気も高い。学年の主席をキープする秀才でもある。


(能力)左:現在/右:ポテンシャル

政治:79/100

武力:41/55

統率:71/89

魔力:59/80

知略:81/98

魅力:89

義理:100


(適正)

剣:E

騎:D

弓:C

魔:B

内政:S

外政:S

謀略:S



用語解説

農務卿

→農業政策・食料政策を担う大臣。政情不安定かつ20年戦争から数十年が経過してもなお国土が荒廃しているイブグランド王国において、食料政策は民心掌握しょうあくに直結する重要事項である。イブグランド王国が辛うじて内戦状態に突入しないのは、その政策が安定しているおかげであり、農務卿は宰相・軍務卿・外務卿に継ぐ宮廷内席次4位の重要ポストでもある。

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