第73話 弟の覚悟

―オーラリア視点―


「ダメです。国王軍の攻撃が止まりません。もうすでに、こちらの近くまでせまっております。オーラリア様、ここは危険です。我々が時間を稼ぎますので、どうか撤退を!!」

 セバスチャンがそう進言してくれる。いつもの優しい顔で。俺のために、命を捧げる覚悟を固めた顔で。

 だが、俺はそれを拒否した。

 ゆっくりと顔を横に振る。そんなことをすれば、俺は家族を守れないからだ。


「いや、俺はここにとどまる。国王さえ排除できれば、こちらの勝利は決定的になるんだ。セバスチャン、そして、皆。わがままを聞いてくれ。勝利のために、たとえここで命を捨てても、俺は逃げない。兄さんがきっと国王を討ってくれる。グレア兄さんが到着するまで時間を稼ぐんだ。皆すまない。俺たちは、正義のために命を捨てる。その覚悟をもってくれ」

 このタイミングで撤退してしまえば、勝機を完全に喪失そうしつする。ならば、ここを死守して、守護竜を討伐したグレア兄さんを待つのが最善手。たとえ、俺やセバスチャンが死んでも、兄さんが来てくれれば、すべてひっくり返る。たとえ、どれだけ犠牲を出そうとも、領地や領民は守ることができる。


 だから、王をこの場にとどまらせるのが重要だ。仮に、公爵領内に入れてしまえば、領民たちを守ることができなかった俺たちの完全な敗北になる。


「ここで国王を止めることができるのは、俺とセバスチャンしかいない。みんな、援護を頼む。俺たち、2人で王を狙うっ!」

 さすがは、20年戦争最強の英雄。老いてもなお、最強クラスの戦闘力と指揮力をほこっていた。だが、不思議と恐怖は感じない。ただ、使命感に突き動かされている。


「「「了解!!」」」

 陣営は、まるで一つになったように叫んだ。皆が、グレア兄さんを信じてくれていた。


 俺とセバスチャンは突撃してくる国王めがけて、馬を走らせる。

 兵士たちは、俺たちの姿を見て歓喜する。


『オーラリア様とセバスチャン様だ』

『きっと、国王と戦うつもりだ』

『まさか、大将自ら……』

『ここが正念場だぞ。みんな、勇気を持て。若いオーラリア様に負けるわけにはいかないぞ』

『時間を稼げば、俺たちは勝てるんだ。死ぬ気で行くぞ』

『国王なんて、恐れるに足らない!!』

『そうだ、あの戦争からもう何十年も経っている。時代遅れの英雄に、現実を教えてやるぞ』


 突撃。

 兵士たちは、士気を上げて、こちらに続いてくれる。

 命を投げ出すような兵士たちの勇気に、目がうるむ。

 泣いてはいけない。皆の覚悟を無駄にはしない。そして、勝つんだ。この国の……いや、この国に住むすべての人たちの生活のために。


 王族は、もう存在意義を失っている。国内の統治という大義名分のために、暴力による恐怖政治という悪事に手を染めた。すでに、国家を維持することだけに固執し、守るべき民を考えない政治などに意味はない。


 罪のない大事な人を奪われるかもしれない。その恐怖は、自分がその立場にならなければ、わからなかった。グレア兄さんにもう二度と会えなかったかもしれない。そんな現実を突きつけられた。それも、信じていた国に裏切られて。こんな気持ちを味わうのは、俺たちだけで十分だ。負の連鎖は、俺たちの家族で終わらせなくちゃいけない。


 たとえ、孤児だとしても、守るべき国民だったんだ。だが、王族はそれを斬り捨てて、守護竜の生贄いけにえにしていた。さらに、生前のボールスさんのようなみんなのために命を投げ打ってくれた英雄を利用するだけ利用して、最後は見捨てた。功労者を無下にする組織に未来なんてあるわけがない。


 ※


「僕は、お父さんの本当の子供じゃないんでしょ。なのに、どうして、お父さんやお兄ちゃんは、そんなに優しいの? 僕は邪魔者じゃないの?」


 ※


 幼き記憶が呼び起こされる。

 養子だった自分に、父や兄は本当の家族のように接してくれた。亡くなった養母も同じだ。自分が養子だったことに気づいた時、足元が崩れるような錯覚を覚えた。その優しさが苦しくなって、思わず言ってしまった冷たい言葉に、兄貴は泣きそうな顔でこう答えたんだ。


 ※


「お前は、血がつながっていないなんて理由だけで、俺たちの兄弟関係を否定するのか? たとえ、血がつながっていないとしても、俺たちは本当の兄弟以上に、お互いを大事に思っている。俺は、公爵家を天才であるお前に継いでほしいんだ。血族なんてものは大事じゃない。心と心のつながりは、血のつながりよりも、もっと価値がある。お前が、俺の弟になった時、嬉しかった。かわいい弟をずっと守っていくと父上と母上に誓った。だから、そんな悲しいことを言わないでくれよ。たとえ、誰になんて言われようとも、お前は俺の……いや、俺だけじゃない。父さんや母さん、皆の大事な家族なんだよ」

 兄の愚直な言葉にどんなに救われたかわからない。だから、もう俺の命は兄さんのために使うと決めたんだ。


「我は、オーラリア=ミザイル。公爵家の守護者なり。父や兄を……いや、家族を害するものを、排除する公爵領のすべての守護者なり!!」

 伝説の英雄を前に、俺は心の底から叫んだ!!


―――

次回の更新は3月16日を予定しています!

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