第100話(番外編2) ソフィーとグレアと王太子
―ソフィー視点―
殿下とのダンスを終えて数日後。
少しずつ日常が戻ってきていた。殿下とは、学校で顔を合わせるくらいで、ほとんど会話もない。
グレアとはいつものように授業の後に散歩する。
彼は公爵家の跡取りながら、あまり派手なことは好きではない。自分からパーティーはしないし、ワインもほとんど飲まない。馬術や弓などの武芸は、かなりの腕前だけど……
でも、私の父もこういうグレアの実直なところをみこんでいるみたいね。
周囲の評価も高い。
派手さはないけど、高い調整力と実直で誠実な性格は、まさに将来の王国の幹部候補にふさわしいのだろう。
「いいわね、ソフィーさんは。あんなに素敵な婚約者がいて。グレア君なら、絶対にあなたを不幸にしないし、裏切らない。それに優しいし、家柄だって……王太子殿下が太陽なら、彼は月みたいに優しい人」
これが大方の私の婚約者の評価。
彼はいつものように私に歩幅を合わせてくれる。
こういうところは、さりげない。
「それで、この前のパーティーはごめん」
「いいのよ、体調不良なら仕方ないもの」
「嫌がらせとか大丈夫だった?」
「ええ、王太子殿下が気を遣って助けてくれたわ」
こんな感じで、本当に穏やかな時間が過ぎていく。殿下とのダンスは、どうしても話すことはできなかった。話したら、どこかに消えてしまいそうで。
グレアは嫉妬してくれるかな?
ちょっとだけ気になった。たまに、ちょっとだけ怖くなる。私は、彼に愛されているのだろうか。優しいから合わせてくれているだけかもしれない。それがたまらなく怖い。
だから、ダンスのことは話せない。
ある意味、答え合わせだから。もし何も反応がなかったら……
私は……
※
「こんなに素晴らしい女性を婚約者にしているグレアがうらやましいよ」
「本当に、婚約者がいる女性にこんな風に言うのは反則なんだろうね。もう少し、早く、ソフィーと出会いたかったよ。そうすれば、もしかして、自分にもチャンスがあったかもしれないだろう」
※
この前の言葉に、背徳感すら感じられた。
でも、あれはいい思い出だから。
優等生である自分が、そんなスリルを求めるべきじゃない。誰かを傷つける資格なんてない。だから、このままでいい。グレアは、優しい。だから、私は彼の優しさに甘える。
「週末にまた、お茶でもしようか」
「ええ、今度は三人で」
思わず二人で会うのを避けようとしてしまった。まだ、心の整理ができていないみたいね。
それを情けなく思いつつ、女子寮へと向かう。
学校の中庭で、ベンチに腰掛けて、少しだけ落ち込んでいる殿下と出会ってしまった。思わず声をかけてしまう。
「殿下、いかがいたしましたか?」
私の声に、彼は顔を上げる。少しだけ気弱な笑顔を浮かべて。
「ああ、ソフィー。情けないところを見せてしまったな。いろんなことがあってね。少しだけ疲れていたんだ。ほら、国王陛下は厳しい人だろう?」
彼の肩にかかった重い責務が可視化されたように感じる。
やはり、国の後継者というプレッシャーは……
「いや、気にしないでくれ。ソフィーみたいに賢い女性が補佐してくれれば、少しは気が楽なんだろうね」
思わずどきりとする。ただのお世辞よ。そう自分に言い聞かせて、心を落ち着ける。
「もったいないお言葉です」
「いや、かなり本気なんだけどなぁ」
恥ずかしくなって目を伏せてしまう。
だめだ。甘い言葉に惑わされては。
「殿下。先日のダンスパーティーの件、本当にありがとうございます」
「ああ、いいよ。改まらないで、僕とソフィーの仲じゃないか」
ずるい。そう思ってしまう自分の弱い心を戒めながら、続ける。
拒絶の言葉を。
「ですが、殿下、お言葉は嬉しいのですが……私は、グレア・ミザイルの婚約者です」
公爵家と王家が対立したら、それこそ内乱の芽にもなりうる。
だからこそ、私は彼を拒絶しなくてはいけない。それが正しいことだから。
「そうだね、どうやら、私は少し距離感を間違えてしまっていたようだ。ありがとう、ソフィー。本当に君は賢い女性だね」
殿下は、そう言うと男子寮に戻っていく。
背中合わせになった私に対して、「本当にもう少し早く出会いたかったよ」と言葉が残された。
罪悪感を感じながら、私は足早に寮に帰った。
※
―王太子視点―
「あー、揺らいでる、揺らいでる。やっぱり、優等生は、一回は拒絶されなくちゃな。それも醍醐味ってもんだよ」
勝利を確信した。拒絶はされたが、それはあくまでも立場のせいであって本心ではない。
そんなものは理性が壊れたらもろい。
決戦は次の週末だな。
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