第101話(番外編) ソフィーとナタリー

―ソフィー視点―


 週末。

 私は、グレアとナタリーさんと一緒にお茶会を開くために、準備をしていた。グレアには、お菓子の買い出しを頼んだので、帰ってくるまで、ナタリーさんとふたりきり。


 ナタリーさんは、とても優秀な後輩。だから、なんでも見通されているんじゃないかって怖くなる時もある。かわいい後輩なのに、彼女には複雑な感情を抱き続けている。他人から見れば、本来、グレアの婚約者は、彼女がふさわしかったはずなのに。


 まるで、物語に出てくるみたいに、運命の相手。

 大変な時にナタリーさんのそばにいたのは、私の婚約者のグレアだった。なんで、私が政略結婚で彼の婚約者になってしまったんだろう。運命の二人を引き裂いてしまった。


 ずっと、ずっと、ずっと。

 私は罪悪感にさいなまれいた。


 でも……

 もう罪悪感を抱かなくてもよくなるかもしれない。だって、王太子殿下と……そうすれば、ふたりは邪魔な私がいなくなるから、幸せになれる?


「何を考えているのよ」

 思わず、言葉がもれてしまった。

 自分勝手すぎる考えに、頭が支配されそうになる。だって、この考えは、あまりにも自分勝手すぎるし、都合がよすぎる。私は、二人を裏切ることを自己正当化しようとしている。


 なんて、浅はかな。

 どうしようもないくらいの自己嫌悪に襲われる。


「大丈夫ですか、ソフィーさん? 顔色悪いですよ」

 私の不審な独り言を心配して、ナタリーさんが慌てて駆けつけてくれた。


「ええ、少し悩み事で寝不足で。申し訳ないんだけど、今日のお茶会はキャンセルでもいいかな。グレアにはせっかく買い物に行ってもらっているから、ナタリーさんは待っててあげて」


「でも……」


「私のことは気にしないで」

 渋るナタリーさんに、私の罪悪感はつのる。でも、ナタリーさんにグレアを返すと思えば、少しだけ気が晴れた。


 そう思ってしまう自分がいることが許せなかった。


「お願い。あなたになら、グレアは任せられるんだから」

 そう言うと神妙な顔で彼女はうなずく。

 私は、作った笑顔で、彼女を安心させた。


 嘘ばかり。親友ともいえる大事な後輩に初めて嘘をついた。婚約者にも。私の心は汚されていく。大事な人たちを裏切って、ほんの少しの可能性に賭ける。


 もし、この先に奇跡がなかったら。

 私はすべてをあきらめる。


 でも、この先に彼がいたら……


 ※


―王太子視点―


 俺は、あえて、この時間にこのベンチで待つ。

 おそらく、ソフィーはここに来るはずだ。

 俺は奇跡を作り出してやればいい。この人為的な奇跡に、あの女はすがる。


 そして、堕ちていくことになる。


 心が揺らいでいる女に対しては、二つのことを用意してやればいい。

 人為的な奇跡のような運命と、俺に堕ちる言い訳だ。


 ただ、正当性が欲しいだけ。

 この悪の感情に身をゆだねるために。


 さあ、一回堕ちれば、背徳感は最高のスパイスになる。

 遠くに女子生徒の姿が見えた。


「ああ、やっぱりあの優等生もしょせんは……ただの女だ。楽しい物語の始まりだな」

 俺は、勝利を確信して微笑んだ。

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