第99話(番外編) ソフィーと王太子のはじまり

―グレア追放半年前(ソフィー視点)―


 やっぱり、社交界は苦手。生粋のイブグランド王国貴族の令嬢たちからは、白眼視されている。冷たく敵対的な視線。素直に怖い。


 いつもなら、グレアが守ってくれる。王族を除けば、王国の最高位である公爵家の威光は本当に強い。次期公爵家の跡取り息子であるグレアが一緒に歩いてくれるだけで、この冷たい目線がぴたりと止む。


「本当ならグレアも一緒だったのにな」

 どこか残念に思う自分がいる。グレアは、体調不良で、このパーティーは欠席となってしまった。婚約者の私も欠席しようと思ったんだけど、旧敵国の有力者という立場もあって、無理やり出席させられてしまった。


「本当につまらないパーティーね」

 私が王太子殿下主催のパーティーに参加することも、両貴族の融和の象徴。こんなパーティーの出席の有無で、政治的な意味合いが生まれてしまう窮屈な身分。これで、婚約者のグレアが優しく私を理解してくれているから、なんとか生き抜くことができている。


 彼は優しい。彼の幼馴染のナタリーさんと共に、この敵が多い貴族社会で唯一気が許せる友達。


 でも、本当は申し訳ない気持ちでいっぱいでもある。

 たぶん、私が政略結婚で、彼と婚約しなければ……

 グレアとナタリーさんが幸せになっていたはずなのに。


 私が二人の幸せを奪ってしまった。

 

「楽しんでいるかな、ソフィー?」

 呼び止められて振り返ると、今回のパーティーの主催者だった。


「王太子殿下。お気遣いいただきありがとうございます」


「グレアは残念だったね。まあ、体調不良なら仕方ない。どうだい、もう少しでダンスパーティーの時間だ。僕では、グレアの代わりにはならないけど、一緒に踊るのは? 少しでも退屈がまぎれるだろう」

 それは主催者側の気遣いだろう。私が他の客にとっては、招いてほしくはない客ということもあって。


「遠慮しておきます。婚約者がいる身にもかかわらず、殿下と一緒に踊ったらあとが怖いですから」


「そうかい? だが、主催者が一人で踊るのもかわいそうだとは思わないか?」

 意外な感じがした。王太子殿下と踊りたいという貴族の令嬢は数知れないほどいるだろうに。わざわざ、その誘いを断ってまで、私のために?


 そう言われてしまうと、少しだけ嬉しく思う自分がいる。もちろん、ただの主催者としての気配りだとはわかっていても。


 彼は改めてお願いするとばかりに、跪いて、私を誘ってくれる。ここまでされてしまったら断るわけにもいかずに、受けることしかできない。


「では、一曲だけ」

 ダンスの音が奏でられると、私たちは会場の中心に躍り出ていた。

 他の令嬢の悔しそうな小声が聞こえてきた。その声を聴いて気持ちが晴れていく。

 殿下は、運動神経もよく、こちらをうまくリードしてくれた。まるで、自分までうまくなったように、さらに多くの人の注目を浴びる。


「さすがだね、ソフィー。こんなにダンスがうまい令嬢を僕は知らないよ」

 お世辞だとわかっていても、心が躍る。まるで、お姫様にでもなった気分。


 楽しい時間は、終わりに近づいていく。

「こんなに素晴らしい女性を婚約者にしているグレアがうらやましいよ」

 突然、胸がかき乱される。彼は優しく、でも、どこか物悲しく、こちらを誠実に見つめていた。心臓が高鳴る。落ち着かなくちゃだめ。そう心に言い聞かせる。王太子殿下は、遊び人としても有名だ。誰でもいいから優しい言葉をかけているだけ。


 そう必死に言い聞かせる。

 でも、彼の甘い言葉によって、心の警戒は解かれていく。


「本当に、婚約者がいる女性にこんな風に言うのは反則なんだろうね。もう少し、早く、ソフィーと出会いたかったよ。そうすれば、もしかして、自分にもチャンスがあったかもしれないだろう」


 私はギリギリで理性を保った。


「今日はありがとう。ソフィー、良い思い出になったよ」

 彼は粘るわけでもなく、ダンスが終わると紳士的にその場を去っていった。


「もし、あの言葉のままに身をゆだねていたらどうなっていたんだろう」

 少し背徳感すら覚えるほどの胸の高鳴りをおさえながら、私はダンス会場を後にする。


 ※


―王太子視点―


「ふん。優等生と言われている堅物もこんなもんか。もう少し、押せば、簡単に手に入りそうだな」

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