第98話 ソフィー

―王宮牢獄ろうごく(ソフィー視点)―


 ここは政治犯が収容される牢獄。王族や王党派の有力貴族たちは、ここに集められている。ほとんどの者たちは、精神が破綻して、おかしなことをつぶやき始めている。ネズミや虫が動く音が聞こえる。劣悪な環境。すでに裁判が終わり、死刑判決を受けている。限界だった。


『私は王族よ。どうして、こんな場所に閉じこめられなくちゃいけないのっ!!』

『今日の夕食には最高級の赤ワインを持ってこい』

『死にたくない、死にたくない、死にたくないっ』


 阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄。今まで主流派として、この国を牛耳ぎゅうじっていた人間には辛い現実なのだろう。私は、その狂乱者たちを冷たく見つめている。


 手足は、冷たい鎖につながれて、ろくに身動きも取れない。普通なら、発狂してもおかしくない状況。でも、不思議と達観している自分がいた。


 もうどうすることもできない。王太子は、生き地獄に落ちた。すでに、クーデターは成功している。グレアたちを裏切って殺そうとした私は、断罪される。もう逃げることは絶対にできない。


 死が迫っているはずなのに、不思議と落ち着いている。

 魔力通信によって、牢獄に映像が映し出される。


 ローザ王女の顔が浮かび上がった。彼女は、新政権の傀儡かいらいとなって、王位に就いていた。


 ※


「以上のように、父上をはじめ王族は、国民を裏切り続けていました。さらに、死の迷宮の壁画でもわかるように、私たちに正当性はありません。旧王族は、欺まんによって、その地位を維持していたのです。私は、王族としてその罪を償わなければなりません。よって、ここにイブグランド王国の国王として、宣言します。私は本日、この時刻をもって退位し、次期国王としてグレア=ミザイル公爵を推薦します。ご異議ありませんか?」


 ※


 歓声と拍手が鳴り響いた。

 私の元婚約者は、王位の簒奪さんだつに成功した。


 ショックで、地獄に閉じこめられた王族たちは舌をかみ切り、自害しようとする人までいる。急にあわただしくなった。無駄よ。どっちみち死ぬしかないのに。


「ソフィーさん?」

 懐かしい声が聞こえる。学園の親友が牢の前にいた。


「マリーさん? 会いに来てくれたの?」

 少しだけ人間の心を取り戻す。かつての親友は、この牢獄に似合わないドレスを着て、こちらを見つめていた。


「ええ、グレア君……国王陛下に無理を言って、面会の許可をもらったのよ」


「そう、ありがとう。処刑される前に、あなたに会えて嬉しいわ」

 もうなにも取り繕う必要はない。


「なんで……なんで、あなたがこんなところにいるのよ。どうして……グレア君たちと一緒にいないの。どうして、どうして……」

 その言葉に心がめった刺しになる。

 彼女にとっては、私がグレアを殺そうとしていたことが信じられないのだろう。


「ああするしかなかったのよ。失敗したけど、それが最後の希望だった」


「違う、あなたは謝ればよかったのよ。誰かに助けを求めれば、それでよかったのに。どうして、誰も信じてくれなかったの。私じゃなくてもよかった。グレア君やナタリーさんだってよかった。結局、あなたは誰も愛することができていなかったのよね。それがとても悲しいの」

 ひとつひとつが言葉の凶器となって、心を斬り刻む。


「ごめんなさい」

 もう遅い謝罪の言葉。許されるわけがない。

 でも、やっと言えた。私は涙を浮かべながら、親友の顔を見て、笑顔を作る。


「私はあなたを親友だと思っている。それだけは信じて。助けることができなくて、ごめんなさい」

 そう言うとマリーさんは、目に涙を浮かべながら崩れ落ちる。


「ありがとう、私と親友になってくれて」

 この時、初めてまだ死にたくないという気持ちが心に浮かんだ。


 ※


―1週間後―


 ついに公開処刑が始まる。私たちは手を縛られて、断頭台へと向かっていた。

 死を目前にして、泣き叫んで抵抗する王族や貴族たちは抵抗もむなしく、死刑台を進んでいく。


 グレアとナタリーさんが遠くでこちらを見ているのがわかる。

 ふたりは、目を潤ませながら、こちらを見つめていた。


 ごめんなさい。

 あなたたちを信じきることができなくて。あなたたちに、消えない心の傷を背負わせて、ごめんなさい。


 処刑の順番は、私が一番最初だった。たぶん、彼らなりの配慮だろう。

 死への恐怖と絶望が深くならないようにと。


 その配慮を感じるだけで、心は締め付けられる。どうして、私は彼らと一緒に歩もうとしなかったのか。幸せな場所は、あそこにあったはずなのに。もう、全部持っていたはずなのに。


 私はどうして手放してしまったのだろう。

 身体がゆっくりと固定される。


 運命から逃げることはできない。


『最後に、言いたいことはあるか?』

 執行者が、遺言をうながした。

 どうして、こうなっちゃうんだろう。


 どうして、まだ生きたいと思うんだろう。


「ありがとう、ごめんなさい」

 誰に対しての感謝と謝罪なのだろうか。わかりきっていた。

 こんな私を愛してくれていた人に向かって、しぼりだすように言う。


 鈍い音とともに金属の刃が落下していく。

 死にたくない。グレアやナタリーさんとずっと一緒に――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る