第70話 決戦へと向かう公爵家

―オーラリア視点―


「まさか、ここまで早く国王軍が動くとはね」

 セバスチャン執事長とすぐに合流した俺は、防備を整えるために動いていた。

 領庁の会議室で、俺、執事長、アカネが対応を協議している。

 公爵領には、すでにセバスチャンが動員していた公爵軍の兵士5000が集まっていた。


「国王が指揮する軍事訓練という名目ですが、あくまで対外的なものでしょうね。おそらく、ドラゴンが公爵領を襲うタイミングで、救援目的で領内に侵攻し、不都合な真実を物理的に抹消まっしょうする役割を担っている」


「だが、こんな短期間で動員したのであれば、準備は不十分だろう。動員数も限られている」

 父上から今回のいくさの大将には、俺が任命された。兄上は、ダンジョンで王太子たちと対峙している。父上は、どちらかといえば政治家であり、軍の指揮を執るのは、俺の方が向いていると判断しているんだろう。補佐に経験豊富なセバスチャン執事長をつけてもらえれば、問題はない。


「アカネ、敵軍の数はわかったか?」

 執事長が問いかけると、「王都を出陣した段階で約2万でした。近衛騎士団と王都防衛隊を主力に、動員できる地方軍を集めているようなので、現在は2万5千から3万程度でしょう」と冷静な分析が返ってくる。


 イブグランド王国軍全体から見れば、数はそこまでもない。念入りに準備をすれば、今の2倍から3倍の数は集めることができただろうに。


 ドラゴンという切り札があることで、逆に油断しているともいえる。これはチャンスだ。


「オーラリア様、どこかに籠城し、敵を迎え撃ちますか。それとも……」

 公爵領内の軍事権の全権を任されている。まだ、若い自分にできるだろうか。不安がないといえば嘘になる。


 普通であれば、砦などに籠城ろうじょうし、敵の疲弊ひへいを待つのが定跡だろう。

 だが、時間経過で敵の数が増える可能性はある。さらに、ドラゴンという免罪符めんざいふがある今の状況では、王国軍がこちらの領内でどんな悪逆非道なことをするかわからない。領民たちを苦しめるような手段はとりたくない。


 そうなれば、選択肢はひとつだ。

 

「ああ、敵が我が領内に入る前に決戦を挑もう。敵が油断して戦力が不十分な今が最大の勝機じゃないか」

 敵は圧倒的な有利を自覚している。そこには油断というものがどうしても生じる。さらに、急造部隊で連携にも不安があるだろう。そこをつけば……


「ですが、オーラリア様。決して油断なさらぬよう。敵の指揮官は国王です。20年戦争を勝利に導いた英雄。性格に難はあるものの、才覚は本物です」

 セバスチャンもあの戦争を生き抜いた世代だ。

 その言葉は重い。


「だが、それはもう数十年も前の話だ」


「……」

 力強く手を握る。母国の伝説的な英雄である国王に弓を引く。その行為に味方の兵たちは少なからず動揺している。父上に対して友好的な諸将も王の存在の大きさもあって、簡単には手を差し伸べてはくれない。まずは、王に勝って、あいつが作り出した虚像を崩壊させなくてはいけない。


「兵を集めてくれ。命を懸けてもらうんだ。しっかり説明をしたい」


 ※


―公職領庁の広場(名もなき公爵軍兵士)―


「なぁ、俺たち本当に王国軍と戦うのかな?」

 俺は心配になって同僚に聞く。オーラリア様とセバスチャン様から何か説明があるとのことで、兵士たちはここに一同に集められていた。


「でも、あの戦争の天才相手に勝てるわけねぇよな。いくら、オーラリア様が天才だったとしてもさ」


「兵力も向こうの方が数倍多いよな」

 みんな心配の声しか聞こえない。


『よく集まってくれた、兵士諸君っ!!』

 若く力強い言葉が広場に響き渡った。

 留学先から帰って来たオーラリア様を久しぶりに見た。

 立派に育った貴公子に一瞬言葉を失う。


「あれが、天才オーラリア様か」

「若干12歳で、公爵領の魔獣大量発生を解決した神童」


『すでに、みんな知っているだろう。我が領内に向かって、国王率いる王国軍が進軍中である。奴らはあくまで、軍事訓練と称しているが、それは欺瞞ぎまんである。本来の目的は、公爵領の抹殺である』


「……」

「やはり、戦争だ」

「このままじゃ、俺たちは」


 すでに、場を支配している青年の演説は続く。


『皆が愛してくれた我が兄・グレアが行方不明になっているのは、それに関連している。王太子の陰謀によって、兄は拉致されて、死の迷宮ラビリンスに幽閉された。我々は兄を助けるために、中央と戦う決意を固めたのだ』


「グレア様が拉致!?」

「死の迷宮なんて……」

「許せない」

 青年は、続ける。


『王族は長き伝統を盾にして、腐敗し続けてきた。自らが定めた法律すら、無視して、兄を抹殺しようとした。兄は、王太子に婚約者を奪われた被害者だったのにも、かかわらずだ。このような状況を我々は見逃すことはできない。よって、我々は立つ。たとえ、相手が20年戦争の英雄だろうと、心が腐りきったやつらに正義なんてない。民を守るための王族が、守るべき相手に刃を振るう。そんな状況が許されていいのだろうか。何度も言おう。我々は立つ。伝統にかまけて土台が腐りきった砂上さじょう楼閣ろうかくを倒すために、すべては正義のために!!』

 心が高揚していく。さきほどまで感じた恐怖はどこかに消えていった。

 どこから歓声があがる。心は燃えたぎっていった。



―――――

次回は3月11日土曜日に更新予定です!

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