第95話 王子の生き地獄

 グレアはなんとか言葉を発している状態だ。これなら勝てる。

 さすがに、この怪物の全力攻撃でかなり消耗しているはず。


 だが、その消耗しているグレアの前に、奴の仲間たちがボロボロのグレアの前に立ちふさがった。


「いつまでも守られているだけにはいきません」

 ナタリーが恐怖感すらなくこちらをにらんでいた。


「主を守れずに、どうして剣士を名乗ることができましょうか」

 銀色の鎧に包まれた騎士が剣をこちらに向ける。


「グレアと一緒にいれば、いつもおもしろいものを見ることができる。珍しい魔石も、それ以上に大事なことも、みんなこの若造に教えてもらったんだ」

 魔導士のローブを着た魔物が両手に魔力を込めた。


「(グレアが居場所をくれた)」

 この身体の影響だろうか。本来なら聞こえるはずがないスライムの声が聞こえた。


「(グレアが本当の仲間を教えてくれた)」

 土人形の声もだ。俺の身体がおかしくなっているのがよくわかる。おかしくなっていなければ、こんな言葉が聞こえるわけがない。


「グレア様は、親に捨てられて、貴族たちにおもちゃにされた私にも居場所をくれた。そんな恩人を守らなければ一生後悔する」

 メイドはいさましく東洋の武器をこちらに向ける。


「俺は恩義に忠をくす。情報局に身を置いてよくわかった。腐った場所にいる無意味さがな」

 俺をダンジョンに閉じこめたコウライが剣を抜いた。臣下に命を狙われる。それがこんなに屈辱と絶望に包まれるのか。


 憎い、憎い、憎い。

 俺が本当に欲しかったものを全部持っているグレアたちが憎い。

 こんなに愛されていたなら、俺はここにいないはずだ。ソフィーにも手を出すわけがない。あんな女、グレアへの当てつけのために寝取っただけだったはずなのに。


「すべて持っていたはずなのに、誰にも愛されていないお前。すべてを失っても、誰も離れようとしない兄さん。これがすべてだよ。お前はもう戦う前から負けている」

 生意気な公爵家の弟の言葉に、最後の糸が切れた。

 

「お前たちが俺に指図するなァ」

 さきほど、ダンジョンを壊滅させた力をもう一度放出しようとした。



『もう、お前たちの好きにはさせない』

『さきほどの攻撃で力を使い果たしたお前には、もう俺たちの力は渡さないぞ』

『絶望の中で死ね、最後の王族よ』




「なぜ、発動しない!?」

 先ほどの攻撃ができないことに驚くともに、死者たちの声が聞こえた。悪意の塊として、俺の身体に宿った力が徐々に失われていくのがわかる。


 


『なぜ、敵役のイブグランド王族に力を与えたのか、まだ気づかないのか?』

『お前はいい駒だったよ。感情に身を任せて、王党派の貴族たちすら粛清したんだからな』


 


「まさか……」

 俺は今までこの悪意たちに踊らされていたのか?

 自分から処刑台にのぼるように、身体を乗っ取られて……


 力が徐々に失われていく。まだ、間に合う。すべて失う前に、せめて目の前の奴らを……


 ナタリーに向かって右腕を振り下ろす。しかし、その攻撃はスライムによって防がれてしまう。さらに、奴の酸が腕を侵食し、焼けただれたかのように強烈な痛みが発生する。


 声にならない悲鳴を上げながら、距離を取ろうとした瞬間。腹部に無数の打撃を受けた。分裂した土人形の攻撃か。身体は吹き飛ばされて、力はさらに抜けていく。


 右腕は完全に動かない。

 どうすれば……


 ザシュという音と共に身体に衝撃を受ける。メイドとコウライが放った苦無か。麻痺毒《まひどく》だろう。身体の自由が奪われていく。


 やめてくれ。心の中で思わず弱音が漏れた。俺が踏みにじって来た奴らと同じセリフを吐いた。それだけでも、自尊心は崩壊していく。


 激しく壁画に身体を叩きつけられたのにもかかわらず、壁は一切のダメージもない。まるで、呪いだ。


 目の前に、6つの巨大な魔方陣が発生した。奇術師のものだろう。この壁が魔力でコーティングされていることで、全力を叩きこんでも構わない。そんな思惑が伝わってくる。


 爆炎が全身を焼く。なんで死ぬことができないんだ。もう身体はボロボロなのに。


 オーラリアと白銀の騎士がこちらに突撃してくる。

 生存本能によって、なんとか立ち上がり、反撃しようとするが。


『やらせない。あなた程度じゃ私のボールスは傷つけることもできない』

『オーラリア様は、我がブーラン貴族の最後の希望』


 悪霊たちが邪魔をする。身体すら自由に動かすことができない。


「動け、動け、動け。ぎゃあぁぁぁっぁっぁああああ」

 2人の剣はクロスして、俺の身体をとらえた。永遠に終わることがない生き地獄。身体はアンデッドのようになっているのに、意識はしっかりしていて、ただ痛みだけを感じている。


 膝から崩れ落ちた俺に対して、グレアがゆっくりと近づいてくる。大きなダメージを負っているはず。俺と同じはずなのに、冷たい目線と殺意が伝わり、俺の身体は震えていた。


「震えているのか?」


 そう指摘されると、思わず命いしようと口が開く。だが、言葉が発せられる前に、奴は行動に移した。


「俺もそうだったよ。でもな、そんなこと関係ないよな。お前たちはどんなに恐怖に震えていた者でも、無慈悲にこの死の迷宮につき落したんだからな。やられたらやり返す。同じように苦しめ、この外道が」

 炎をまとった拳が、顔面を直撃する。鈍い痛みと身体が焼かれる痛みにのたうち回りながら、絶叫を繰り返す。


「なんでだ。こんなに苦しいのに、なぜ死ぬことができないんだ。助けてくれ、誰か助けてくれぇ。ローザ、父上、バランド、騎士団長。誰かいないのか」

 焼かれたのどで、言葉になっていないかもしれない言葉を紡ぐ。だが、返事なんてあるわけがない。


 そうだ、ひとりだけいる。


「ソフィー。ソフィー」

 はいずりまわりながら、俺が彼女の足元に近づく。悲惨な状態の俺の身体を見て、彼女は恐怖心がまさったようだ。


「ひぃ」と短い悲鳴と共に後ずさりしていく。ワラにもすがるために、必死に追いかける。


「助けてくれ。俺にはもうお前しかないんだ。頼む、頼む」

 俺が彼女の足をつかんだせいで、転倒させてしまった。それが余計に彼女の恐怖心を大きくしていく。


「来ないで、化け物っ!!」


「ば、けも、の?」

 最期の希望に拒絶されたことで、俺の心が壊れたようにきしむ。身体の痛み以上に、絶望が死よりも辛いものを、俺に突き付ける。


 結局、俺は誰にも愛されなかったのか。

 


『最高の素材ね』

 聞いたこともない女の声が聞こえた。


「誰だ」


『あなたの祖先に殺されたこのダンジョンの創始者よ。このダンジョンを維持するには、相応の魔力が必要だったの。でも、私たちの魔力は徐々に弱まってしまう。だから、代わりになる魔力の塊が必要なの』


「何を言っている?」


『知ってる? あなたの身体は、今や魔力の永続機関。悪意に乗っ取られたことで、魔力があふれ出ているの。そして、死の恐怖が、それが増幅させる。魔力炉としてこれほど、ふさわしいものはないわよね』


「魔力炉?」


『死ねない身体に、苦痛を与え続けたら、どうなるのか楽しみだわ』


 思わず非人道的な言葉に恐怖する。


「やめてくれ、助けてくれ」


『あら、そう言って命乞いした人間を、あなたは許したの?」

 その優しい口調に、俺は恐怖を感じた。


 

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