第96話 それぞれから見たグレア

 意識が遠のきそうだ。

 なんとか現実に踏みとどまっているが、力を使い過ぎた。

 

 王子は、謎の声におびえていた。死者たちの悪意がついに腐敗の根源である王族をとらえる。王子の身体が宙に浮いた。


「やめろ、やめてくれぇ」

 壁画に叩きけられた王子は、苦悶の表情を浮かべて、悲鳴を上げる。

 まるで十字架に捧げられたように壁に固定された。


「あっ、あっ」と痛々しい低い声が聞こえる。涙と血が床にポツンと落ちると、それが瞬時に結晶化されて、魔石に変わった。まるで、王子が魔石の製造をしているように。


『これで、あなたはそこで一生意識を持ったまま、魔石を作り続けることになるわ。よかったじゃない。人間としてはただのクズだったお前が、やっと人様に感謝される生き方ができるようになったんだから。今までの業と、あんたたち王族の罪をそこでつぐないなさい。永遠にね』


「いたい、いたい、やめてくれぇ」


『あら、そうやって命乞いした者たちをあなたは許したの? 許すわけがないわよね。私たちは、あなたを絶対に許さない』

 無慈悲な声が聞こえて、王太子はオブジェのように声を失った。


 ソフィーが崩れ落ちて泣いている。ボールスとコウライが元婚約者を拘束した。これですべてが終わる。


 安心すると、俺のまぶたは重くなる。身体に力が入らなくなり、冷たい地面に崩れ落ちる。「センパイっ」と声が聞こえた直後、俺の意識は闇に消えた。


 ※


―王宮病室(ナタリー視点)―


 すべてが終わった後、グレア先輩は倒れて意識を失った。

 怪物との戦いで魔力を使い果たしたからだと、医者は言っていた。


「なに、すぐに目覚めますよ。心配しなくても大丈夫ですよ」と老医は言っていたのに、3日も目覚めない。もし、彼が目覚めなかったらどうしよう。心は不安で押しつぶされそうになる。


 父を失って、大切な人の記憶すらあいまいになった私に彼は言ってくれた。


「ナタリーが悲しまなくてもいい国を作りたい。この国を変えたい」


 その実現はもうすぐなのに。自分で私との約束を叶えてくれたのに。

 どうして、どうして。


 何もできない自分が許せない。私はあなたと一緒に未来が見たい。それだけなのに。神様は、全部大事なものを奪っていく。お父様も、ソフィーさんも……


 世界で一番愛しているグレア先輩のことも。

 神様。私の命を代わりに持って行ってください。彼がいない未来なんて、絶望しかないのだから。


 ※


―スーラ視点―


 グレアが目覚めない。みんなしんぱいで、病室に来ている。

 なにもしゃべらない。


 強い敵と戦っていた時でも、こんな苦しい時はなかったよ。

 早く戻ってきてよ、グレア。


 また、ひとりぼっちに戻りたくないんだよ。だから、お願い。また、一緒に笑いあおうよ。マーリンもロッキーも同じ気持ちだよ。


 僕たちが見たことがない場所を見せてくれるんだよね。信じてるからね、グレア。


 ※


―アカネ視点―


 グレア様。どうして、いつも私はあなたを守ることができないのでしょうか。ブーラン貴族にもてあそばれて、極度の人間不信になった私と、最初の友達になってくれたのはあなただったのに。


 私に家族のぬくもりを与えてくれたのは、あなたなのに。

 恩を返すこともできない。


 どうか、お目覚めください。

 私は常にあなたを弟のような存在だと言っていました。でも、子供が産めなくなった私にとっては、あなたは――


 私のすべてだったんですよ。公爵様より……親よりも早く死ぬ親不孝者がどこにいますか。


 そんなこと絶対に許しません。あなたは、家族に囲まれて幸せにすごさなくちゃいけないんです。


 信じていますよ。


 ※


―オーラリア視点―


 兄さん。どうか頼むから、目を開けてくれ。

 このままじゃ、自分のことが許せない。


 血のつながっていない兄弟。普通なら、俺のことをやっかんでいじめてもおかしくなかった。俺なんて邪魔ものなんだよ。公爵家にとってはさ。


 でもさ、兄さん。俺が家族になった日。何て言ったか、覚えているか?

 皆の目を盗んで、俺の部屋に忍び込んでさ。


「俺、兄弟が欲しかったんだよ。だから、オーラリアのことは本当の弟だと思うことにする。お前は優秀だから、俺のことをバカに思うかもしれないけどさ。かわいい弟だ。兄さんって呼んでくれると嬉しい」


 バカだよ。あんたはさ。普通なら家督争いの種が増えて、嫌なはずなのに。

 俺がさ、小さい時に他の貴族から養子だとバカにされた時、何て言っておぼえているか?


「オーラリアは、俺の弟だ。たとえ、血がつながっていなくても、俺はオーラリアのことを愛している。弟をバカにされて、怒らない兄がいるか!!」って暴れてくれたよな。本当に嬉しかったんだよ。


 なのに、俺はさ。間に合わなかった。ダンジョンに落とされる時も、今回も。


 俺は大バカだ。何のために勉強してきたんだ。力をつけてきたんだ。兄さんを助けるためだったんじゃないか。


 なのに、どうして……

 頼む。もう一度、支えるチャンスをくれ。まだ、返せてないんだよ。


 もう一度、「やっぱりオーラリアはすごいな。自慢の弟だ」って言ってくれよ。俺に生きる意味を、教えてくれよ。


 兄さん……


 ※


―ボールス視点―


 何が騎士だ。主にすべて背負わせてしまった。守ることができなかった。

 数十年の絶望のふちから俺を救ってくれたのはグレア様だったのに。

 

「もういいんだよ。他人のために、自分を犠牲にするのはさ」

「いいか。仲間たちは……お前を愛してくれた人たちは、お前が苦しむことを望んでなんかない。お前に笑っていて欲しいんだよ。自分を犠牲にすることが、死んだ仲間たちの願いじゃねぇんだよ」

「この手を取れ、そして、この腐った世界を一緒に変えようぜ。俺たちならきっとそれができるはずだ、ボールスっ!」


 あの時の言葉が昨日のように思い返すことができる。

 彼は俺の理想を叶えてくれた。だから、今度はこっちの番なのに。


 死んでいった仲間たちの無念を晴らしてくれた恩人を守り切ることがなかった。

 

『大丈夫だよ、ボールス』

 幻聴だろうか。長い間、ずっと聞きたかった最愛の女性の声が聞こえた。


「ミリア?」

 

『愛しているわ、ボールス。やっと言えた。これが言えたのも、グレアさんのおかげよ。安心して、私たちが彼を絶対に助ける。あなたはこれから恩人を支えて、ゆっくりしたらこっちに来てね。向こうで会えるのを楽しみにしているからね』


「俺も愛しているよ、ミリア。生まれ変わったら、結婚しよう」


『ありがとう。その言葉が聞けただけでも、生まれてよかったわ』

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