第37話 グレア&公爵の決断

 翌日。少しだけ飲み過ぎたせいか、頭が痛い。水を飲んで、目を覚まそう。そう思って、寝床から出ると、横でスーラが伸びていた。いつもの丸い身体が、薄くなっていて弛緩しかんしている。


『ああ、グレア。起きたの? ぼく、昨日のワインのせいかもしれないけど、とても気持ち悪いよ』

 スライムは完全に二日酔いになっていた。人間以上に身体がほとんど水分だったスライムは酒に弱いらしい。完全に身体のバランスが崩れている。


「おい、大丈夫か、スーラっ。アルコールは、身体の水分を失わせるんだよ。とりあえず、たくさん水を飲め」

 だるい身体にムチを打って、水筒を湧水に入れて、スーラの身体に持って行く。こうすることで、劇的にスライムの身体に蓄積されたアルコール分が希釈きしゃくされるようだ。湧水をなんどかかけてやると、スーラは徐々に元気を取り戻していった。


『あれ、ちょっと良くなってきた』


「まったく、手間がかかるやつだな」とげんきんなスライムを笑う。やっぱり、スーラにアルコールは無理だったな。たぶん、ジュースとかの方がいいんだろうな。


『ありがとう、グレア』


「いいよ、いつもは俺が助けられているんだからさ」

 そう言うとスーラは嬉しそうに、俺に身体を預けてくる。スライム族に伝わる仲間への信頼表現らしいが、ちょっと心臓に悪い。こいつがミスったら、骨ごと溶かされてしまうんだからな。


『グレア、大好きっ』と無邪気むじゃきなついているから、大丈夫だとは思うんだが。


「なぁ。スーラ? 俺の家族に会いたいか?」

 この中では一番古株の相棒に悩んでいることを聞いてみる。


『家族? 会いたいに決まってるじゃん』と即答されて、少しだけ拍子ひょうし抜けだ。


「なんで?」


『だって、グレアの家族なんて、僕たちの仲間じゃん。仲間が増えることはよいことだよ。悩むことないよ。僕は、絶対に会いたいね』

 スーラの言葉に、俺は決心した。


「じゃあ、皆で会いに行くか。ダンジョン攻略の前に、俺の家族に」


『うん!! 楽しみにしてるね』

 こうして、軽い感じで俺たちは地上に出る約束をしてしまった。


 ※


―王都(ナタリー視点)―


 私は、公爵様の家を訪れる。あえて、街中の馬車ではなく、邸宅を指定してきたということは大事な話ということね。


 公爵邸の扉を開けると、執事長のセバスチャンさんが出迎えてくれる。ミザイル公爵家の重鎮がここにいることに驚いた。いつもなら、中央政治に忙しい公爵閣下の代わりに、領地経営を任されている。執事長とはいっても、実質的に、公爵家のナンバー2ポジションにいる政治家。公爵様が留守にしている領土の実質的なトップを任されるほど信用されている側近中の側近。


「お久しぶりですね、セバスチャン」

 私がそう言うと、初老の紳士は嬉しそうに笑う。センパイと私のことを孫のように可愛がってくれていた。主従関係はあっても、もう家族のような関係だ。


「ええ、ナタリー様。ますます、お美しくなって……」

 そう言って成長を喜んでくれる。髪は短くて、動きやすさを重視するファッションを褒めてくれる人は、セバスチャンくらいしかいないわね。


「でも、驚いたわ。あなたがここにいるなんて。いつもなら、閣下とあなたは常に同じ場所にはいないようにしているわよね」


「ええ。もちろん」

 公爵家のトップとナンバー2が同時に同じ場所にいるのはリスクが高すぎるから。仮に、ここに敵対している陣営の暗殺者がやってきたら、公爵家は終わりを告げる。閣下とセバスチャンのどちらかが生き残れば、公爵家の領地運営は可能。そういう冷徹なリスク管理が徹底されているはずなのに。


 あえて、リスクをおかしてトップ2人がここに集結したということは、こちらから動くという腹づもりなのだろう。


 そして、仮に失敗しても問題ないという計算が成立している。ここから導き出される結論はひとつ。


「オーラリアが、公爵領に帰還したのね?」

 

「さすがですな、ナタリー様……」

 グレア先輩の弟、オーラリア=ミザイル。私より1歳年下の若干16歳ながら、将来を嘱望しょくぼうされている神童。


「軍人になれば元帥。政治家をこころざせば、宰相。魔術師を目指せば、魔道総監」と噂されている大天才。私たちのように貴族学校に入学することなく、特例で隣国の神聖ヴォルフスブルク帝国のベルン大学に留学していたはず。公爵閣下は、センパイが行方不明になった時点で、留学先から呼び戻すと言っていたわね。


 私たちの陣営の切り札がついに戻ってきた。彼がいれば、公爵領は何があっても大丈夫だろう。


「このタイミングを待って、公爵閣下は動き出すつもりね」


「ええ、グレア様の行方について、ひとつ面白い情報を手に入れたとか。ナタリー様が予想した通り、ノランディ地方の冒険者が面白い証言をしているようです」

 私はその言葉を聞いて、今までの停滞に一筋の光が満ちたように感じた。


「でも、ここで私たちが動けば、王国と敵対することになるかもしれない……」

 それが最大の懸念事項。


「それでも構わないさ。グレアを助けることができるのなら、な」

 いつの間にか、私たちの後ろに公爵様が立っていた。私が不安な顔をしているのを見て力強く首肯する。


「我らは、王国の妨害を実力を持ってでも排除して、グレアをあの迷宮から取り戻す」

 いつも以上に力強い言葉に、驚いた。不安の色を見せた私に対して、閣下は優しい笑顔を見せる。


「そうしなければ、私は父親として一生後悔するだろう。そんなことはしたくない。明日の夜、我々は王都を脱出し、ノランディ地方に向かう。ナタリー、キミはどうする?」

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