第26話 グレアの才能&暴虐な王太子

 ドラゴンとの遭遇は少しずつせまってきていた。

 現在、地下14階。俺たちは、凶悪な魔物たちに襲われつつも、それらをすべて退けることができていた。


「ボールス、そっちに行ったぞ」

 スーラによって攻撃を防がれた黒い悪魔ブラックサタンは、標的をマーリンではなく、ボールスに変えたようだ。2mの筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの悪魔は、スーラへの攻撃で片腕を失っていた。しかし、それでもなお、おとろえない殺意は、俺たちに向けられていた。


 俺の声はたぶん必要ではなかった。ボールスは、敵が自分の元へと向かうことを予想していて、剣を構えていたから。恐ろしいほど早い剣さばきによって、黒い悪魔ブラックサタンの胸は斬りつけられた。すでに、ダメージが蓄積していた敵にとっては、間違いなく致命傷になる。


 反撃すらできずに、A級クラスの脅威は、崩れ落ちた。地上であれば、最強クラスの魔物だったはずの黒い悪魔ブラックサタンは、声すら上げることもできなかった。


 さすが、ボールスだ。いくらダメージの蓄積があったとはいえ、わずか一撃であの怪物を倒してしまった。


「グレア殿、お疲れ様でした」

 俺は、取り巻きの魔獣たちに毒矢で倒しただけなのにな。

 一応、俺を立ててくれているんだろう。


「ああ、俺は何もやっていないよ。さすがに14階まで来ると、敵も手ごわいな。今日はこれくらいにしておこうか」

 強敵に迫っていることもあって、俺たちは無理をしないように移動している。転移結晶は、ブックマーク代わりにこのダンジョンの重要な場所に仕掛けてある。聖域・塩の結晶がある場所・各階層の階段付近・現在、俺たちが到達している最下層。移動ポイントが細かく設定できているので、攻略したフロアは自由に動くことができる。


「ふふ、そうですかね。あなたは、まだ自分の価値がよくわかっていないようですよ」


「持ち上げても、イモしかでないぞ」

 そうやって、軽口をたたいて、俺たちは聖域に転移した。


 ※


―聖域(ボールス視点)―


 食事の後、皆が寝静まってしまった。戦闘の連続で疲れ切っていたから、当たり前だ。


 アンデッドである自分は、人間とは違って眠ることもできない。この聖域の特性から考えて、見張りの必要性もないんだが、その真似事をしつつ時間を潰す。たき火の管理も行っている。


「本当に恐ろしい方だ。これで数か月前は、王都で貴族をやっていたなんて、誰が信じようか……恐ろしい主に仕えてしまったようだな」


 自分がA級冒険者に昇進するまで、10年は必要だった。生死が常に隣り合わせの冒険者にとって、10年続けているだけで大ベテラン扱い。A級まで昇格すれば、周囲からは人間ではないような扱いを受けていた。


 それが4人集まって、なんとか15階までたどり着いたんだ。かつての仲間たちのことを考えて、深い気持ちが湧き出てくる。


 だが、このグレア殿は、わずか1か月で俺たちと同じ土俵に立とうとしている。驚異的などという言葉では説明できない。普通に考えれば、史上最高クラスの天才。まさか、神が公爵家の跡取りにこんな才能を与えているとは誰も思わなかっただろう。埋もれる運命にあったはずの才能。それが一気に開花した。


 理由を考えれば、いきなり世界最難関ダンジョンのひとつに送り込まれて、強制的な成長を余儀なくされたからとか、仲間にしたモンスターたちが強かったからとか挙げられるだろう。


 だが、それは本質を示してはいない。

 本当に恐ろしいのは、窮地の中で、敵ですら次々と仲間にしてしまう彼の人間性だ。話を聞けば、最も敵対関係にあったはずのマーリンすら、すでに陣営を裏切ってグレア殿に肩入れしている。最初は脅されていたらしいが、すでに全幅の信頼を置いているようにしか見えない。


 本人の適応能力のスピードにも驚くが、その生まれ持った魅力は敵にとっては脅威でしかない。まさしく、王の器。王国の奴らは、グレア殿を抹殺まっさつするつもりで、眠れる獅子ししを起こしてしまったのだろう。


 やつらにとっての本当の悪夢はもうすぐそこまで近づいている。


 ※


―王都(王太子視点)―


 宰相が俺との面会を求めてきた。まったく、めんどうなやつだ。

 王宮の会議室では、すでに宰相が待っていた。


「殿下、お待ちしておりましたぞ」

 どうせ、小言でも言うつもりだろう。つまらなそうな顔を見ればすぐにわかる。


「なんだ、俺は忙しいんだ」

 投げやりな言葉を吐いたからだろう。老臣は、一瞬苦虫をつぶしたかのような顔になった。


「この際ですから、はっきりと言わせていただきます。とんでもないことをしてくださいましたな。公爵家の跡継ぎを誘拐し、勝手に粛清するなど……さらに、イブグランド貴族とブーラン貴族の融和の象徴だった婚約を破談させるなどと。なぜですかっ!」


 ちっ、どこからかバレたか。だが、こいつは今の立場によって、それを表ざたにすることはできないだろう。そうすれば、王族の権威は崩れて、自分が持っている権力の土台もらいでしまうからだ。


「次期国王の俺が臣下をどう扱おうと勝手だろう? そもそも、ブーラン貴族はしょせん負け組だ。不平不満は言わせておけばいい。奴らの力は限定的だ。領地も戦争によって、ほとんど失っているだろう」


「だからといって、わざわざ火種を残すようなことをする必要がありますかっ」


「お前にとっても良かったことだろう? ミザイル公爵は辞任した。やつは、目の上のたんこぶだったろう。宰相であるお前よりも民に人気があり、実際、仕事だってできた。次期宰相は確実と言われていたあいつが、自分から退場したんだ。むしろ、感謝してほしいくらいだ」

 俺の軽口に、宰相は青筋を立てていた。

 ふん、しょせんは家柄とコネで成り上がった政治家だ。実質的に立場が上の俺には何も言えまい。


「それに、ブーラン貴族との融和が必要なら、グレアから奪ったソフィーを俺の側室にでもしてやるさ。光栄だろう。負け犬のブーラン貴族の令嬢にはお似合いの立場だろうしな」


「殿下、口が過ぎますぞっ」


「口が過ぎるのは、お前の方だよ。本当に立場が分かっているのか? 俺は次期国王。お前は、替えが効く宰相。父上がどちらを優先するか、賭けてみるか?」


「……っ」


「わかったなら、もう俺を大したことでもないことで呼び出すな。今回の出来事にはしっかり対処してくれよ、宰相? まぁ、俺がすでに情報局を使って、証拠は隠滅している。しょせん、噂は噂に過ぎないさ。民衆も少しくらい茶目っ気がある王子の方が人気になるもんだよ。町娘は、俺とソフィーのことをロマンス小説のような愛だとか噂しているそうじゃないか」

 この宰相もそろそろ潮時だな。父上に話をして、そろそろ引退に追いやってやろう。


 しかし、ボケ老人の世話はストレスが溜まる。イライラするから、女の所でも行ってみようか。ちょうど、話に出たし、あの都合の良い戦利品ソフィーの部屋にでも……

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