第104話 密会を続けるふたり

―ソフィー視点―


 結局、私は誰にも相談できず、時間だけが経過してしまった。

 

「ソフィーさん、授業のここがわからなかったんだけど、教えてくれないかな?」

「もちろん、いいわよ」


 こうやって、日中はいつものように優等生を演じている。少しずつ自分がよくわからなくなってきている。本当の私って何なんだろう。


 いつの間にか、教科書にメモが挟まっていた。明日の夜、俺の部屋に来い。髪にはそう書かれていた。こうやって、彼は人目がつかないように私を呼び出して密会を続けていた。


 弱みを握られたこと。そして、彼の立場。そういう、貴族間の無言の圧力のようなもののせいで、私の動きは封じられていた。


 明日は休みだから、気分転換に外出をしようと思っていた。2人に誘われたけど、明日だけは一人になりたいと断ってしまった。それなのに、殿下と会うことになってしまった。二人には申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 ※


「これ、グレアに似合いそう」

 いくつかのお店を回り、雑貨屋で男性用のアクセサリーを見つける。

 彼の誕生日に渡そうかな。こういう一点ものは、次に会えるかどうかはわからない。


「お嬢さん、いいね。それは、高名な魔導士が作成したもので、永遠の愛や困難を乗り越える力という願いが込められているんだよ。恋人にどうかな?」

 それを聞いて、さらに欲しくなってしまう。

 少し高いけど、彼の誕生日なら……


「これください」

 店主は、はいよと優しく笑った。


「お嬢さん、これを見ている時、とても楽しそうだったね。これをもらえる男は幸せだね。こんなにもあなたみたいな美しい女性に愛されているんだから」

 

「あ、ありがとうございます」

 私はグレアが好きなんだろうか。実はよくわかっていない。

 このプレゼントは、この申し訳ない気持ちに対するただの……


「はい、プレゼント用に包んでおくからね。また、きてね。今度は、意中の彼と」

 適当にうなずいて、私は店を出る。

 


 ※


「よく来たな、ソフィー」

 殿下は、ぎらついた笑みを浮かべていた。


「殿下、もう今日だけで……」

 その懇願には答えずに、力強く腕をつかまれて部屋に連れ込まれる。


「とりあえず、ワインでもどうかな。ソフィーのために、飲みやすいボトルを用意した」

 こうなってしまったら、もうどうしようもない。自分の心まで汚れていくような気持ち。それを少しでも紛らわすために、苦手なワインに口をつけた。


 少しでも、いつもの自分ではない誰かになりたかった。苦手なワインを飲めば、きっと自分が自分ではなくなる。そんな最低の思惑で、私はワインを飲み進める。殿下は、その様子に満足そうに笑っていた。


 酔いのせいだろうか。少しずつ、ワインの渋みや苦みがわからなくなる。

 そして、その奥から甘みや果実感を見つけることができるようになった。私は少しずつ変わっていく。変えられていく。


 そして、私はゆっくりと口づけを受け入れて、抵抗することなくベッドに向かった。殿下は、ずっと満足そうに笑っている。


 運命の歯車は、少しずつ加速していく。その加速先が自壊へと向かう地獄だったとしても。

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