第105話 善悪のはざま

 王太子殿下と密会を重ねるようになってから、すでに1か月以上経過した。徐々に、彼との関係には慣れてきてしまう。彼のキスの癖や呼び出しのタイミングなども、少しずつ分かるようになっていった。


 グレアやナタリーさんとも、なんとか顔を見て話すことができるようになっていた。心の中で、勝手に整理ができてしまっているのかもしれない。


 でも、この関係をもうこれ以上続けるべきではない。

 密会の後、お互いに何もつけずに、同じベッドで休む。その際に、勇気を出して切り出した。


「殿下、やはりこれ以上会うのは……」

 それに対して、彼は面倒くさそうな口調で返答する。


「嫌だ。俺はソフィーがいい」


「ですが……」


「仮に、グレアにばれたら、婚約破棄して、王太子妃になればいいだろう」

 一瞬、不意のプロポーズにドキリとする。

 本気にしてはだめだと理性は訴えるが、感情はそのブレーキを超えていく。


「本当ですか?」

 たぶん、さっき飲んだワインのせいだ。普通ならリップサービスだとわかっているはずなのに。


「ああ、嘘じゃない」

 女としての自分が出てきて、もう何もできなくなった。


「それにさ、グレアはほかに仲の良い女がいるんだろう? なら、大丈夫だ。俺にはソフィーしかいないんだ。頼むからそんなことは言わないでくれ」

 これで、最後のチャンスを失った。

 私は、再び彼の身体に包まれた。


 ※


 学校で偶然、ナタリーさんと出会う。

 ほんの少しだけ雑談をする。


「ソフィーさん、最近、少し疲れていますか?」


「ええ、ちょっとだけね」


「あまり無理しないでくださいね」

 優しいナタリーさんのことをだまし続けている。それを理性が責めるが、ほんのりと背徳感をスパイスのように感じられて、ほんのりとしためまいも覚える。


「ねぇ、ナタリーさん?」


「はい」


「仮に、私に何かあったらグレアのことよろしくね」

 言った後、これはただの自己嫌悪から逃げるための言い訳だと気づく。

 

「何を言っているんですか。そんなに体調悪いんですか?」

 彼女はやはり優しい。でも、きっと心の中では、私を憎んでいると思う。だって、私がいなければ、きっとグレアと結ばれていたのは、ナタリーさんのはずだったから。


「ううん。少しだけ弱気になっただけよ」


「そうですか。グレア先輩だけじゃなく、ソフィーさんのことも大好きですから。何かあったら、言ってください」


「ありがとう」

 もし全部、彼女には白状できたら、どんなに気分が楽になるだろう。

 軽蔑して、ののしって欲しい。私がグレアの横にいる資格なんてない。そう言ってほしい。


 もしくは……


 最低のことを思い浮かべてしまった。それほど自分が追い詰められているとわかる。


 だから、こんな最低なことを考えるんだと思う。


 グレアとナタリーさんが、私の見えないところで浮気していて欲しいって。

 私を裏切っていて欲しいって。


「最低だ、私……」

 そして、寮へと戻る。


 ※


 そして、もう何度目かわからない回数を重ねた密会が始まる。

 心が押しつぶされそうになって、私はワインを飲みながら感情が高ぶってしまう。


「どうして泣いているんだ、ソフィー?」

 殿下はそれに気づいて声をかけてくれた。


「もう、限界なんです。大好きな人たちを裏切ってしまっているから」

 その言葉を聞いて、殿下はワインを口に含んだ後、こちらに問いかけた。


「たしかに、俺たちは裏切り者だ。でも、本当に俺たちだけの責任なのか。グレアたちにだって責任はあるんじゃないか?」

 悪魔のような誘惑が目の前に落ちてきた。

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