第103話 運命の日②
身体を密着されて、抵抗しようにも、男性の力強さによってうまくいかない。
そのまま、ベッド近くまで移動させられて、押し倒されてしまう。
「待ってください、殿下」
言葉だけでも、必死に拒絶を伝えるが、それを許してくれるような彼ではなかった。獣のように鋭い眼光と荒い息。強い力もあって恐怖すら感じる。
「頼む。せめて、思い出が欲しいんだ。ソフィーと一緒にいたという思い出が……」
もう、どうすることもできない。殿下にほんのわずかに憐憫も感じられていた。
これ以上、抵抗することはできなかった。
※
すべてが終わった後、殿下はすやすやと眠りについてしまった。その幸せそうな顔は、今の自分の絶望にそぐわないように思えた。
このまま、誰かにばれてしまえば……
グレアやナタリーさんに合わせる顔もなくなる。絶望感と自己嫌悪が同時に襲い掛かってきて、心がズタズタになる。
でも、グレアなら許してくれる気もする。正直に話せば……
だめだ。そんなことをすれば、優しい彼に甘えるだけの関係になる。彼に一生消えない傷をつけてしまう。公爵家としても表沙汰にはできないだろう。こんな大スキャンダル。殿下の失脚だけはない。公爵家のメンツや権威のためにも……
もしかしたら、私はもう、あの優しい場所に帰ることができなくなるかもしれない。婚約破棄されて、王太子殿下との関係もある女なんて、今後はずっと一人で生きていかなくてはいけない。そんなのは嫌だ。だって、公爵家は、王国内でずっと孤立していた私にとって、唯一安心できる温かい場所だったのに。
ダメだ。なんとかして、感情を落ち着かせる。もう一人の自分を作ってでもいいから、落ち着かないといけない。ナタリーさんは賢すぎる。なんとか、嘘をつき続けるためには、あの賢い彼女をだまし続けなくてはいけないのだから。
だますという言葉にズキリと胸が痛くなる。ダメよ、これくらいで良心が痛んでいたら、この先は……
考えがまとまらず、身体が冷たくなっていくのを自覚する。そして、隣から温かい手が、冷たい私の腕をつかんだ。
「殿下?」
一瞬、怖さが勝ってしまった。だが、彼は優しく微笑みかけてきた。
「これからも会ってくれるよな。俺は、もう君がいないとダメなんだ。もし断られたら……」
その言葉は絶望的なほど、冷たく感じられた。脅すの意味を込めているしか思えなかったから。
この温かい場所を守るために、私はうなずくことしかできなかった。
そして、彼は満足そうに笑い、服を着て、部屋を出て行った。
ひとりになって、必死に自分を正当化する。そうよ、私は殿下に心惹かれていた。たとえ叶わない恋でも、一瞬でも夢を見ることができる。それは、私にとって幸せな事じゃないの? この国で生まれた女なら、一瞬でも妄想することじゃない。王子様に愛されるという妄想を。私は夢を叶えた。そう思えばいい。
そうよ。グレアたちに内緒にするのも、みんなを傷つかせないため。
全部、仕方のないこと。そう思い込むように強く心に刻んだ。
※
―ソフィー逮捕後 牢獄―
あとから思えば、私はグレアも公爵家の人々も信じることができなかったんだとわかる。嘘がばれないように、別の嘘で嘘を塗り重ね続けていった。
自己嫌悪から自分を守るために、私は即効性のある快楽や自己弁護ですべてを正当化しようとした。
そして、取り返しのつかないところまで行ってしまった。
この牢獄に繋がれている私にとっては、それもただの自己弁護なのかもしれない。
何が正しいのか、何が間違っていたのかもよくわからなくなってしまった。
たぶん、あの時、きちんと相談できていれば……
少なくともひとつだけわかっている。あの日が、私たちにとっての運命の日になったと。
そして、私はあの嘘を正当化するために、殿下の偽りの愛に溺れた。
それは、もう自己弁護することはできない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます