第8話 老戦士との交流

「ここは……」

 意識を失っていた老戦士は目を覚ましたようだ。俺たちは目を合わせて安心して、ため息をついた。危なかった。10枚拾っていた薬草が残り2枚になっていたから、もう少し傷が深かったりしたら、たぶん助けられなかった。


「よかった、目を覚めましたね」


「そうか、私は貴殿たちに助けてもらったのか。ここはダンジョンの中か?」


「はい、俺たちの拠点です。実は、ここには魔石で結界を張っているので、誰も入ることができないんですよ。モンスターたちもね」


「なんと……さきほど使用していた転移結晶だけではなく、聖域結晶も持っているのですか。見ない顔ですが、どうやらあなたは凄腕すごうでの冒険者らしい」

 少しだけ警戒をもった目だった。当たり前だ。素性すじょうもよくわからない。冒険者としても無名の若者が、こんな宝を持っているんだからな。


「いえ、スライムが見つけてくれたんですよ。俺なんて全然弱くて……」

 少しでも警戒を解こうと言い訳をする。それを察しているんだろう。老戦士は、笑う。


「大丈夫ですよ。貴殿は命の恩人だ。その事実だけで、私はあなたを全面的に信用します。おそらく、なにか言いにくいこともあるのでしょう。話したくなければ、話さなくていいですよ。私もそれを無理に聞こうとは思いません。黙っていてください。ただし、今回の恩は一生忘れません。世界がどんなことを言おうとも私は貴殿を信じています」

 誠実な声だった。親子ほど年が離れているせいで、思わず胸に抱きついて泣き出してしまいそうになる。


 戦士は白髪を揺らして笑っていた。


「そうだ、まだ、お名前を聞いておりませんでしたな。私は、旅の冒険者・ドランと申します。貴殿は?」


「えっと……」

 本名を言えば、自分の素性がばれてしまう。だから、一瞬言いよどんだ。


「グレアって言います」

 

「グレア殿ですね。この度は、本当にありがとうございました。貴殿がいなければ、今頃、私は生きていないでしょう。なにかお礼をしたいのですが……」


 願ってもない申し出だった。ドランさんはおそらくこのままダンジョンの外に出るだろう。ダンジョンの近くには集落がある。そこは古くから冒険者の拠点だったはずだ。つまり、ダンジョン攻略に必要な保存食のほとんどは不要になったということだろう。


「実は、俺はまだダンジョンの探索を続けたいのですが、食料が心もとなくて……もしよければ、保存食を分けていただけませんか?」


「なんと、そんなことですか。ええ、私は明日にでもこのダンジョンから脱出しますので、そこまで必要ではありません。好きなだけ持って行ってください。私は結局、3階までしかたどりつけませんでしたからね、情けない」

 こんな強そうな人でも、そこまでしかいけなかったのか……

 その恐ろしさに、驚愕きょうがくしつつ、ドランさんは、自分の荷物から次々と食料を取り出してくれる。


 干し肉、塩漬け肉、ピクルス、ドライフルーツ、ビネガーの瓶などが次々と取り出される。まだ、いたんでいない生野菜もあった。軽く1か月分はあるだろうか。特に、ピクルスやドライフルーツ、ビネガーは手元にほとんどなかったものだったから嬉しい。


「よろしいんですか、ドランさん?」


「命を助けてくれた恩人に対してです。これでも少ないくらいですよ。もし、地上で再会できれば、今度は酒でもおごりますゆえ……」


「はい、その時は是非ともお願いします」

 そして、俺たちは握手をする。


「どれ、まずはお礼にスープでも作りますかね。キャベツの方が少し傷んでいるので、食べてしまいましょう。美味しい湧水があるのでね」

 ドランさんは、スライムの分までキャベツと塩漬け肉のスープを作ってくれた。スライムは、水だけあれば生きていけるらしいが、雑食なので嬉しそうに飲んでいる。


 ここ数日で一番、人の温かみに触れた気がした。


 ※


―王都(ナタリー視点)―


 夢を見た。。また、あの悪夢だ。

 父上は私の目の前で殺された。9歳の時。政治抗争に巻き込まれて、敵対勢力による暗殺だったと後から聞かされた。


 私と父上が乗っていた馬車を襲撃しゅうげきされて、彼は私を守って賊に殺された。娘に危害を加えられないように、仁王立におうだちをするような壮絶な最期だったと聞いている。


 聞いていると言ったのは、私はショックでそれよりも前のことを思い出せないから。


 だから、私のために命を投げ出してくれたお父様の顔もよく思い出せない。私の中のお父様は、肖像画の中だけしかいない。


 私はあの瞬間、政治にすべてを奪われた。


 人間の心の時計なんて簡単に止まってしまうものなんだと思う。彼と出会わなければ、私の人生はそのまま止まっていたかもしれない。


『なら、誰も苦しまないような国を作ってみせるよ』

 約束の言葉が聞こえた。それは私を救ってくれたセンパイの言葉だ。


 まだ、外は暗い。彼が行方不明という事実が、心を絶望させる。ダメだ。一番苦しい時に助けてくれた人をこのままにしては……


 彼が一番苦しい時に、そばにいてあげられないなんて……恩返しなんてできない。


「絶対に見つけだす。たとえ、誰を敵に回そうとも……」


―――――

ステータス


グレア=ミザイル(貴族学校学生)

名門ミザイル公爵家の次期当主。心優しく凡庸な能力だと評されるが、人をひきつける不思議な魅力を持っている。

(能力)左:現在/右:ポテンシャル

政治:55/?

武力:21/?

統率:31/?

魔力:30/?

知略:60/?

魅力:100/?

義理:100/?


(適正)

剣:D

騎:C

弓:C

魔:D

内政:?

外交:?

謀略:E


(特殊スキル)

・素直

・モンスターテイマー


用語解説

ミザイル公爵家

→イブグランド王国貴族。優秀な政治家を多く輩出する名門貴族で、王室とも親戚関係にある。現当主であるバーラン=ミザイル公爵は、武力を信奉するイブグランド王国貴族の中でも珍しい調整型の政治家。


イブグランド王国

→大陸における大国の一つ。元々は島国であったが、大陸国家のブーラン王国の王位継承問題に端を発する御家騒動おいえそうどうに介入。その後発生した20年戦争において、ブーラン王国を併合し大陸領土を手に入れた。その後は大陸側に遷都せんとし今に至る。ただし、強引な併合過程と戦争による国土の荒廃こうはいで多くの問題を抱えており、内情はかなり不安定。


ブーラン王国

→かつて存在した大陸の国家。かつては大きな力を持っていたが、複雑に絡み合った宗教問題や軍事費の高騰こうとう疲弊ひへいし、王族間で王位継承をめぐって内乱が発生した。その内乱を口実にイブグランド王国から介入を受けて20年戦争で敗戦。王族は処刑されて戦後解体された。


イブグランド王国王室

→王国の最高権力。イブグランド王族は、元々「海上の民」のリーダーだった出自もあり、商才と武力を重んじる。現在の国王ジョン1世は20年戦争の英雄であり、王国臣民からは畏怖いふの対象となっている。ただし、武力に依存しやすいため、戦後の混乱を作り出している。


イブグランド王国貴族学校

→貴族は10歳から18歳までこの学校に通うことになっている。この学校を卒業後は、王国の支配者階級として公職に就くことになる。ただし、旧ブーラン王国の貴族出身者はイブグランド王国貴族派から差別を受けており、派閥対立が深刻化している。

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