第7話 傷ついた冒険者&後輩、婚約者を追求する

 老戦士に悟られないように、スライムとテレパシーで会話する。


『そもそもここは死の迷宮ラビリンスだよ、グレア。他人の心配をするほど、ボクたちに余裕があるの? キミは種族に裏切られてここに落とされたんでしょ。キミを裏切った人間という種族をこれ以上助けなくちゃいけないの?』


 お前の言うとおりだよ、スライム。こんな危険な場所で他人を心配する余裕なんてない。こいつも同族に絶望して、ここに流れ着いた。同じ境遇だからこそ、俺を心配してくれているのかもしれない。ここで老戦士を逃がして、俺の生存が王太子にでも伝われば、追手をさし向けて、殺しに来るかもしれない。そもそも、薬草が足りない状況でケガをして、それが致命傷になるリスクだってある。


「でもな、俺はまだ、人間でいたいんだよ」

 自分でもびっくりするほどしんみりと言葉に出してしまった。ここでこの人を見殺しにしてしまえば、俺はもう人の道には戻れなくなる。そう直感が教えてくれていた。


 王太子や情報局、ソフィー、国には恨みしかない。当たり前だ。こんな理不尽りふじんな目にあったんだからな。でも、俺はナタリーや弟のオーラリアに対して、憎しみを持つほど落ちぶれてはいなかった。ここでこの老戦士を見捨てて、笑って二人と再会することなんてできない。


 俺がここで生き延びようとしているのは、やっぱり大好きな家族や後輩ともう一度会いたいからだ。


『グレア……』

 ありがとう。まだ出会って短い期間しか一緒にいられないけど、お前はもう俺の家族みたいなもんだよ。


「スライム。ここで治療するのは危険だから、この人を背中に乗せてくれ」


『うん、わかった。キミは本当に優しいね。仲間がいなくてひとりぼっちだった、ボクに手を差し伸べてくれるくらいに……ボクが人間に手を貸そうと思ったのは他でもないキミの資質だったんだと思う。すぐに、あの聖域まで移動する?』


「いや、さすがにそれでは間に合わなくなるかもしれない。これを使おう」

 俺は青い魔石を見せつける。

 老戦士はそれを見て「どうして、キミのような若者がそんな高価なものを!?」と驚いている。


「転移結晶、発動。目標:聖域サンクチュアリ

 魔石を天に掲げて、移動先を宣言すると、俺たちは瞬間的に拠点に移動した。


 ※


『グレア、なんでボクたち聖域に戻っているの? さっきまで階段があるフロアにいたよね』


 まばたきをした瞬間、さっきのフロアから拠点に移動したことでスライムは驚いていた。それもそうだろう。この高価な青い魔石の正体は、最上級マジックアイテムに位置する「転移結晶」だったからな。


 俺が拠点の入口に仕掛けておいた魔石がブックマークのような役割になっている。魔石を仕掛けた場所に瞬時に移動できるようになるからだ。これで勝てない強敵とふいに遭遇そうぐうしても、聖域にワープして逃げることができる。それもこの大きさなら複数の場所に設置することができるので、ダンジョン内の任意の場所にすぐに移動できるようになる。


『そっか、それはすごいアイテムだね。どんなに離れていても、すぐにここに帰って来れるんだからね』


 ああ。でも、まずはこの人の治療を優先しよう。


 俺は水をんで、薬草と毒消し草を使って、重傷者の治療を始める。

 老戦士は、少しずつ血の気を取り戻していった。


 ※


―王都(ナタリー視点)―


 私は女子寮に向かった。もちろん、ソフィーさんの部屋へ。


「あんなにお似合いだったのに」

 才女である彼女と、優しいセンパイは仲むつまじかった。政略結婚ということになるはずなのに、あそこまで相性が良ければ幸せだろうなと何度もあこがれた。そして、仕方ないとも思えた。彼女が相手だったら、


 彼女の部屋をノックする。乾いた木製ドアの打音は、鈍く部屋に響いている。


「どうぞ」

 うながされるまま、私は部屋に入った。


「ナタリーさん」

 センパイと幼馴染だった私は、必然的に彼女とも仲良くなった。そうしなければ、私は彼のそばにいることはできなくなってしまうから。


「センパイはどこに行ったんですか。行方不明になる前に、私は彼と会っているんです。あなたの所に行くと言っていました。誕生日プレゼントを渡すって! その後、なにがあったんですか。王太子殿下とソフィーさんの噂は本当なんですかっ!!」

 毒をこめてしまった。でも、それくらいは許されるはず。


「……ごめんなさい、彼がどうなったかはわからないわ。でも、噂は事実よ。私は、グレアを裏切った」

 ピンク色の髪を小刻こきざみに揺らしながら、彼女は答えた。どうして、そんなに他人行儀で冷たいことが言えるのだろう?


「どうして、浮気なんて……」


「私が、ブーラン貴族だからかな」

 まるで、言い訳をする少女のように苦い顔をしている。


「王太子殿下にせまられて、拒否権はなかったと?」

 たしかに、王太子殿下のほうが圧倒的に立場が上だ。彼女は、敗戦国の貴族。いくら名門とはいえ、立場的には苦しいはず。でも、さすがに婚約者がいる女性に手をだそうとすれば、断られても仕方ない。その証拠に学園や社交界では、センパイの方に同情が集まっている。


「かもね」

 煮え切らない言い方に、私は姉のように思っていた彼女に絶望した。あまりにも他人行儀で、責任から逃げているようにしか見えない。


「そんなことって。センパイの気持ちを考えたことはないんですか」

 私は思わず彼女を断罪してしまった。

 その発言に彼女の態度が著しく悪化する。


「あなたに何がわかるのっ!? ブーラン貴族というだけで、能力や家柄を低く見られて差別されている私たちの苦しみを。あなたは、最初からイブグランド貴族だからわからないでしょうね。でもね、息苦しいのよ。そんな最悪の場に、一筋の光が差し込んできたら、手を伸ばしてしまうのがいけないこと? たしかに、グレアは優しくて大好きだった。でもね、つまらなかったのよ。彼と結婚出来れば幸せになれたと思う。でもね、王太子様と結婚できたら、私はプリンセスなのよ。その魅力やスリルにあらがえなかったの。あなたも貴族ならわかるでしょう?」


 激高げきこうし声を荒げるソフィーさんに、汚物でも見るかのように、冷たい目線を送ってしまう。

 何度もショッピングを一緒にして、勉強を教えてくれて、3人で何度もピクニックにも行った。優しくて凛々りりしい彼女は、憧れだった。でも、あの姉のように思っていた彼女は、情欲と名誉欲に狂って死んでしまった。


 そう思わなければ、もう自分の中で整理なんてできない。


「……」

 悲しい顔をしていることに気づいてくれたのだろう。彼女はいつもの優しい顔に一瞬だけ戻る。


「ごめんなさい。完全な八つ当たりね」

 罪悪感と自己嫌悪の色に染まった表情は、今にも泣きだしそうだ。


「ナタリーさんに、こんなこと言うなんて最低ね」

 すべてを察している彼女は、とても悲しそうな顔をしている。


「ですよ」

 私は我慢していた恨み節を込める。


「本当にごめんなさい。私があなたからグレアを奪ったようなものなのに……ずいぶん、長く借りてしまったわね。本来いるべき場所に……グレアをあなたに返すわ」


「そんな勝手なこと……肝心なセンパイは行方不明なのに……」

 問い詰めると、彼女の涙腺は決壊した。今まで必死に我慢していたのがよくわかる。センパイに対する執着のようなものも、言葉の節々ふしぶしから伝わってきた。たぶん、センパイに対する罪悪感と未練はまだ残っている。それでも、自分がやってしまった罪からは逃れられない。それがわかっていて、感情がごちゃごちゃになっている。さっきの暴言はきっとその反動だ。


「ごめん、なさい」

 それは私に言うべき言葉じゃない。そう言ってやりたかった。でも、言葉は不思議と口からはつむぐことができない。


「私はあなたを実の姉だと思っていたんですよ。でも、それは今日で終わりです」

 彼女は苦しそうにうなずく。


「今までありがとう、ナタリーさん……」


「そして、少しだけあなたの気持ちを軽くしてあげます。これが友人として私があなたにできる最後の事。もう私は絶対にグレア先輩を諦めません。彼は絶対に生きている。探し出してみせる。そしたら、もう手放しませんからね」


「……」

 その言葉によって、彼女はさらに表情を崩した。どうして、センパイのことをそんなに思っているならもっと大事にしなかったのよ……


 お父様の形見のペンダントを力強く握りしめて、勇気をもらった。ふたりのために動き出す。


 そして、私は彼女の左ほほを強く平手で叩いた。


「最低っ。もう二度と先輩に近づかないでっ!!」

 本来ならセンパイが伝えなければならないセリフだと思う。でも、あの優しいセンパイは、自分が傷ついていても他人を優先してしまう。もしかしたら、彼女の気持ちを和らげるために、優しい言葉すらかけてしまうかもしれない。


 だから、私が代わりに背負せおうしかない。そもそも、そんな中途半端な優しさをかけられても、誰も救われない。


 私は何も言わずに、部屋を出た。ピンク色の髪がゆっくりと崩れ落ちて、床に広がっていた。すすり泣く声に後ろ髪を引かれる。私は自室に逃げ込むように立てこもる。


 そして、私は彼女と同じように床に崩れ落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る