第10話 スライムの天敵&後輩と父親

 順調に3階のマッピングはできている。スーラに乗っかっておけば、床に仕掛けられた罠は無効化できる。しかし、このトラップは不思議なことに、潰しても時間が経てば、同じ場所に再度発生するようだ。おそらく、なにかしらの魔力による呪いが仕掛けられているんだと思う。


 本来ならば、上級盗賊シーフのスキルを持ってしか潰せない罠が多く、スーラがいなければ少しの移動に大きな時間ロスが発生するはずだ。だから、冒険者たちはこの浅い階層のマッピングも今までできなかったんだろうな。


 やはり、魔獣型のモンスターたちはスーラを見かけると逃げてしまう。今回は、食料調達は二の次なので、深追いはしない。


『グレア。ここから魔力を使うモンスターも出てくるから気を付けてね。下級魔力なら怖くないけど、たまに中級魔力を使う奴もいる。まぁ、中級魔力を何度もくらわなければボクは大丈夫だから……グレアが援護してくれるうちに、溶かしちゃう』

 ちなみにこの狭いダンジョンではなかなか上級魔力を使うことはできないだろう。破壊力が強すぎて、自分たちが生き埋めになる可能性がある。それはモンスターたちも同じだ。


 俺たちは狭いダンジョンの通路を警戒しながら進んだ。


「スーラ、何かいるぞ」

 物陰から何かの影が飛び出して、こちらに襲いかかってきた。

 ゴブリンだ。


 この最難関ダンジョンでどうして、こんな下級モンスターが……

 浅い階にもいなかった雑魚モンスターがなぜか好戦的にこちらに向かってくる。たった1匹で……


 俺は即座に弓矢で狙撃した。苦しそうな声をあげて、奴はこと切れた。


『グレア。完全に囲まれたよ。気を付けて……』

 スーラがそう言うと、狭い通路の前後を完全にゴブリンの集団に囲まれていた。

 

「どうする。さすがに、弓だけで倒せないな」


『この数はやっかいだね。しかたがないね。グレア、この戦闘が終わったら、転移結晶ですぐに聖域に逃げよう。なにか嫌な予感がする』


「わかった。なにか策があるんだろ?」


『うん、でも、ボクの作戦を実行すると、一気に守備力が弱くなるんだ』


「了解だ。あまりリスクは取りたくないからな」


『ありがとう。いくよ、グレア……ボクから離れないでっ!』

 そう言うとスライムの身体は横に膨張ぼうちょうし、外郭部がはじけ飛んでいく。酸性の体液が周囲に拡散し、ゴブリンたちに襲いかかる。


 あまりの奇襲攻撃にゴブリンは回避行動すらできずに酸の攻撃にやられていく。

 しかし、この攻撃はスーラにとっても負担が大きいはずだ。かなりの水分を失っている。スーラが前に話してくれたところによると、水分を失い過ぎると攻撃力と防御力が格段に下がってしまうらしい。強力な拡散攻撃は、まさに諸刃もろはの剣。


 スーラが弱ったら、俺たちは崩壊する。だから、すぐに聖域に戻ろうとしたのだろう。俺はすぐに転移結晶を取り出して、発動させようとした。その瞬間、俺たちの眼前に火球が出現した。


 魔力攻撃っ!?

 まさか、ゴブリンたちはおとりか。


 転移結晶の発動が間に合わずに、俺たちには攻撃が直撃した……


「ぐぁっ」

 熱い。衝撃で俺はスーラの上から振り落とされてしまった。左足がやられたようだ。スーラは魔力の攻撃に弱い。生きているようだが、壁に叩きつけられて動きが緩慢かんまんになっている。おそらく、戦闘は難しいだろう。


 くそ、なんとか近づいて、敵のスキを見て逃げなくては……


 だが、魔力攻撃の使い手は、通路の先のどこにいるかわからない。

 弓すら届かない場所から、魔力による狙撃を行っているとすれば、俺たちでは対処できない。


 おそらく、スーラの特性を完全に理解したうえで、こちらに仕掛けてきたとみるべきだろう。ゴブリンたちを使って、俺たちの足止めをしつつ、スーラを消耗させる。そして、俺たちの射程範囲外アウトレンジから魔力で攻撃する。完璧な作戦だ。


 俺が必死にスーラに近づこうとすると、下級魔力による第2波攻撃が押し寄せてくる。3発の火球ファイヤーボール。左手に装備しておいた青銅の楯で何とかやり過ごす。


 どうやって、俺の位置がわかるんだ。それもここまで正確に狙撃できるのはなぜだ。

 きっと何か仕掛けがある。


 スーラにはもう頼れない。


 俺が何とかしなくちゃいけない。そうしなければ、家族スーラは守れない。

 考えろ。なにか方法があるはずだ。この危機を打開する方法が……


 第3波の火球攻撃は運よく、天にそれた。さきほどから、いくつかの火球は、少しだけ俺たちの範囲からずれたところを攻撃していた。その攻撃点の延長線には、灯りがあった。


 そうか、そういうことか。すぐに反撃の準備を整える。

 本当に勝てるのか。この強力な魔力を使う相手に……


 いや、自信を失ってはいけない。もう守られるばかりじゃいられないんだ。

 だって、俺はもう……


 冒険者なんだ。


 ※


―王都(ナタリー視点)―


「よく来てくれたね、ナタリー君」

 私は先輩の実家へとやってきていた。公爵閣下との面会がやっと許されたから。


「お久しぶりです、おじさま」


「ああ、そうだね。あんなことが起きなければ、もっと盛大にキミの来訪を喜んでいるところなんだが……」

 私の父と先輩のお父様は、親友同士だった。父が亡くなってからは、社交界における後見人として、私のことを実の娘のように可愛がってくれていた。農務卿を務める有力な政治家でもあるおじさまは、いつになく憔悴しょうすいしていた。


 息子が行方不明になったのだから、当たり前。白髪の偉丈夫。そんなイメージがあったおじさまは、力なく肩を震わせている。

 でも、痛々しいほどやつれたおじさまを見るのは、私もつらかった。


「おじさま……グレア先輩の行方はわかりましたか?」


「残念ながらわからない。ナタリー君。あの噂はやはり事実なのか。ソフィー君が王太子殿下と……」


「残念ながら、事実のようです」


「そうか。私の一存でグレアには、辛い思いをさせてしまったな」

 深い悔恨かいこんが込められている。

 おじさまは、国の安定を考えて、二人の婚約を押し進めたはずなのに。最悪の結果を生んでしまった。


「実は気になることがあるんです」


「気になること?」

 ここからが本題。私は先輩の行方を必死に追跡していた。


「はい。実は、私は行方不明になった当日にグレア先輩と会っているんです。そして、センパイはソフィーさんの部屋に行き、王太子殿下と彼女の姿を目撃してしまった」


「……」


「そこから先輩の行方は完全につかめなくなってしまうんです。おかしいとは思いませんか?」


「ん?」


「王都には、出入りするためには、城門をくぐらなくてはいけません。でも、センパイはそこでも目撃されていないんです。そして、学園の馬車や場内の貸し馬業者に確認しても、誰も彼を目撃していないんですよ」

 不思議だった。先輩が自ら命を絶ってしまったとしても、王都ではそんな遺体も発見されていない。教会などに身を隠していても、私たちに連絡しないのは不自然。王都の外に姿を隠しているなら、目撃証言はもっと多くなくてはいけない。


「自分から外にでた痕跡こんせきが一切ないのかね。それはつまり……」


「何者かによって、現在も監禁されているか、プロの集団によって拉致らちされたのか。犯罪に巻き込まれたなら、公爵家に身代金みのしろきんの要求があるはずです、おじさま。そして、考えられるのは……」


「都合が悪い状況となった王太子派による陰謀か」

 私は、ゆっくりとうなずいた。


「この話は他に誰かに?」


「いいえ、おじさまだけです」


「ならばよい。ここからは、私が引き継ぐ。これはあまりにも危険なことだ。ナタリー君、キミを巻き込むわけにはいかない。手を引きたまえ」

 即座に、首を横に振って否定の意思を示す。

 

 たとえ、相手が国家権力だろうとも、私は絶対に先輩を取り戻してみせる。

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