第11話 vs奇術師&婚約破棄

―ダンジョン(???視点)―


 ついにスライムとグレアを追い詰めた。奴らは、わしの魔力が直撃し、虫の息だろう。わしは、魔族ながら人間と手を結んでいる。特に、イブグランド王国の情報局は上客。


 この死の迷宮ラビリンスは、奴らにとっても最高の処分場になっている。敵対者や都合の悪い人間を"罪人"と称して、誘拐してここに連れ込み、魔物たちに骨も残らずに殺されるのを待つ。


 そして、わしに奴らが死ぬまでの監視を任せるのだ。仮に、罪人がここから脱出しようものなら、すぐに情報局に連絡しなくてはいけない。


 まぁ、そんな奴は滅多にいないが……


 しかし、今回のグレアという男は、普通ではなかった。この付近の階層の主であるグリーンスライムを手なづけてしまった。


 念のため、情報局に連絡したところ、グレアを直接殺せという依頼が来たので、こうしている。ダンジョンの外から言葉巧みに、鉄砲玉ゴブリンたちを連れてきて、犠牲にした。奴らが作ってくれたスキを見て攻撃する。完璧な作戦だ。奴らは、宝物殿にあった強力な魔石を肌身離さず持っている。だからこそ、魔力の痕跡がわかりやすく、距離を取った狙撃が可能となっている。


 奴らの遠距離攻撃手段は、弓矢。この距離はどうやっても届かない。

 数発は防いだようだが、じり貧だ。


 ジワジワいたぶるのが楽しい。我が物顔で歩いていたスライムについに一矢報いることができる。


 高揚感で、魔力の切れ味はどんどん上がっていく。


「なんだ……奴らがすさまじいスピードでこちらに突撃してくるだと!?」

 完全に袋小路ふくろこじに追い詰めたはずの標的がありえない速度で、こちらに向かってきていた。わしの知らない魔石や特殊能力でも持っているのか!?


「落ちろ、落ちろ、落ちろ……」

 何度も火球ファイヤーボールを放つが、標的は簡単にかわしていく。ありえない。まさか、あのシロウト貴族にすべて見抜かれているのか。


 そして、標的はわしがいるフロアまでやってきた……

 人間だと思っていた標的は、高速で飛ぶ輝く魔石。やつらが、松明たいまつ代わりに使っていた太陽石だった。気づかれていたのだ。こちらが太陽石から放たれる魔力痕を目標にしていたことが……


「ちぃ、逃げられたか」


 やつらはそれに気が付いて、魔石をこちらに突撃させたのだろう。その間に自分たちは、転移結晶で逃亡を図るつもりか。仕方がない。今回は見逃して、新しい策を……


 そう思っていた矢先。太陽石から小さな鉱石がポツリと落ちていくのが見えた。それは徐々に光りはじめていき……目の前に男とグリーンスライムが突然出現した。


「まさか、太陽石に転移結晶のカケラを運ばせていたのか……」

 瞬時に相手の思考を読み取ったが、ここまで肉薄されてしまえば、魔力を使うことしか能がない自分にはどうすることもできなかった。詠唱は間に合わない。焦った瞬間には、人間の男はこちらに襲いかかってきており、わしの左肩には激痛が走った。


 ※


(グレア視点)


 なんとか作戦がうまくいった。敵の攻撃が魔石の付近に集中していたことを見抜けたのが最大の勝因だ。


 俺は魔石に転移結晶をくくりつけて、前方に移動させた。これで実際に歩くよりも高速で敵に接近できる。そして、敵の攻撃が止んだら、魔石の上に乗せた転移結晶に瞬間移動し、敵を無力化させる。


 スーラの毒を塗っておいた弓を使って、麻痺まひさせればいい。大型魔獣すら即座に動けなくなるほど強力な毒だ。確実に動きを止めることはできる。そこまでできれば、あとはスーラがなんとかしてくれる。


 思惑通りに事が進んだ。


 俺の目の前には、細い身体の魔導士型モンスターが苦しみながら横たわっていた。青白い顔。折れてしまいそうな細い手足。絶望にゆがんだ顔。敵は、思った以上に弱々しかった。


 毒によって、四肢を自由に動かすこともできない。奇術師とよばれる魔道モンスターだ。上級クラスの魔力まで使いこなす上級レベルのモンスター。人語を理解し、会話ができるほど頭がいいのが特徴。


 こいつが俺たちをピンポイントで狙ってきたということは、確実に何か裏があるとみていいだろう。


「誰の差し金だ」

 俺は奴に見えるように、ナイフを向けた。


「何のことだ。わしは……ただ、人間を殺そうとしただけで……」


「ただ人間を殺そうとしただけなのに、ずいぶんと準備をしたんだな。言え」

 スーラもじりじりと奇術師に近づいていく。

 ナイフと酸の体液を持つスライムによる肉弾戦。さらに、自分の身体はろくに動かせない。もう絶望的な状況だろう。身体は恐怖に震えていた。


「わかった、すべて話す。話すから、命だけは助けてくれぇ」

 魔族は、人間に命乞いのちごいを始めた。


「早く話せ」


「わしは、イブグランド王国の役人に頼まれて、ここに来る罪人たちを見張っていたんだ。やつらは、その見返りにわしに貴重な魔石を献上してくる。それを目当てに、わしは奴らが連れてくる罪人を見張っておったんじゃ」


「見張る? では、なぜ直接的に手を出した」


「それも、頼まれたんだよ。あんたたちが、運良く貴重な魔石を手に入れたことを報告したら、厄介なことが起きる前に殺せってさ。わしは、お前たちが見つけた宝物殿の魔石を奪った後は自由にしていいって言われて。それで……」

 やはり、情報局は手を回していたか。まさか、魔物を仲間に引き入れていたとはな。


『どうするグレア。ここで殺しておく? 生かしておいても、また邪魔をしてくるだろうし』


 スーラの提案に俺は首を横に振った。


「いや、こいつは利用できるよ、スーラ」

 悪魔のように笑う俺に対して、奇術師は「ひぃ」と悲鳴を上げていた。


 ※


―王都(ソフィー視点)―


 私は、グレアのお父様に呼ばれて、公爵家の屋敷の前にいた。領地から離れた王都滞在用の別邸は、豪華に彩られている。いつもなら心躍らせる門の前で、私は絶望に打ちひしがれていた。


 義理の父となるはずの公爵閣下は、いつも私に優しかった。でも、今日はそうではない。


 使用人に応接間に案内されて、私はうなだれながら死刑判決を待った。


「待たせたね、ソフィー」 

 現れた公爵閣下は、いつものように朗らかな声だったが、顔に一切の笑みはなかった。冷たい目で、こちらを見ているだけだ。


「いえ」


「何か弁解の言葉はあるかい?」

 何をさしているのか痛いほどわかった。


「あり、ません」

 そして、その言葉を聞いて、彼はうなずく。

 できる限り早く業務的に終わらせようとしている。私には、そう感じた。


「そうか。では、キミと息子の婚約は破棄させていただく。表向きは、息子の行方不明を理由にしてもらって構わない。だが、それ相応の対価はいただくぞ」


「……誠意をもって対応させていただきます」

 すでに、両親にも私の不義は伝わっているのだろう。王族を巻き込んだ一大スキャンダル。多額の賠償金を支払わなくてはいけなくなる。その額を考えると、恐怖で震えが止まらなくなる。口止め料を含む賠償金。元・ブーラン王国の貴族として、冷遇されて没落寸前の私の実家ではそれを払うことはできないかもしれない。


「念のために言っておく」


「……はい」


「私は、大事な息子を傷つけ奪ったお前たちを絶対に許さない。できることなら、この場で殺してやりたいほど憎んでいる。こちらの立場を幸運に思うのだな。だから、もう二度と、私たち家族の元に顔を出すな。そして、この恨みは必ずお前たちに返してやる。決して忘れるなよ」

 それは、私の社会的な死を意味していた。政治家の顔になった公爵殿下は、鋭い眼光でこちらをにらんでいる。それは無言で、私に対して「早く消えろ」と伝えてきていた。


 逃げるようにその場を立ち去ることしかできなかった。

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