第12話 公爵、情報局をかく乱する&ゆがんだ王太子

「おい、お前、名前を教えろ」

 奇術師に向かって、ナイフを向けながら、俺は問い詰める。


「マーリン」

 短く答えを言う奇術師は震えていた。緑色のローブの中から青白いこけた顔をのぞけさせている。死への恐怖に震えている哀れな魔族。嘘は言っていないようだな。


「なら、マーリン。俺の言うことを聞け」


「ああ、命を助けてくれるなら、なんでも聞く」

 魔族のくせにかなり生への執着を持っているな。だが、むしろそのほうが信用できる。


「お前は情報局にこう報告するんだ。自分がグレアを討ち取ったとな。そして、証拠として、この太陽石をもって見せてこい。それから、落ちている人間の骨を俺の骨といつわって、渡して来い。それに公爵家に伝わる宝玉も一緒にだ。火炎魔力で焼き払ったと言えば、信じるだろう」

 これで、俺はある程度自由になる。顔が割れているので、地上で勝手気ままな生活ができるとは思えないが、ダンジョンでの監視はなくなり自由に動けるはずだ。さらに、マーリンを使えば、地上の物資もある程度手に入れやすくなるはずだ。


「ああ、わかった。お主が言うとおりにする。だから、助けてくれ」


「言葉だけじゃ信用できないな」

 こいつはたしか、魔石の収集が趣味のはずだ。つまり、珍しいものを持っているはず。俺も魔石については学園では一番詳しかった。だから、形や色をみれば、見当はつく。


 俺はローブに隠されていた魔石を眺めながら、紫色のものを手に取った。「そ、それは……」と動揺するマーリンに対して、冷たい微笑ほほえみを返す。


 これは約束の魔石ミスラ・ストーンと呼ばれるものだ。お互いに約束している内容を裏切った場合は、裏切った相手に光魔力の攻撃が入るという変わった効果を持っている。光魔力は人間には大した効果がないので、デコピンのような痛みしか走らない。学園では、ジョークアイテムとして使われていた。しかし、光魔力は魔族にとっては天敵であり、肉体が裂けるような強力なダメージが入るらしい。


「さぁ、約束だ。お前は俺に従う。情報局に嘘をつき、もう2度と俺の命を狙わない。いいか?」


「そんな横暴な……お主は、魔族を超える残酷なことを平然と……」


「勘違いするなよ、マーリン。俺からすれば、お前は王太子の仲間だ。お前たちが俺にやった理不尽なことを考えれば、命を奪わないだけましだろ」


 そして、脅しをこめて、首筋にナイフを光らせると、「わかった、わかった」と俺の脅しを受け入れた。そして、俺はこいつの首筋に魔石をセットする。


 これで完璧だ。

 魔石の効果があるうちは、こちらは寝首をかかれる心配も無くなった。


 そして、俺たちは転移結晶を用いて、マーリンを連れて聖域に帰還した。


 ※


 マーリンに対して、毒消し草を分けて、簡単な治療をしてやった。


「どうして、わしを助ける?」


「ここでお前に死なれたら、情報局が俺たちを狙いに来るだろう。あいつらは決して裏切り者を許さないぞ。覚悟はしておけ」

 そう言うと、悔しそうにマーリンはうつむく。


「共犯者になってしまうと言うことだな」


「ああ。ある意味、一蓮托生いちれんたくしょうってやつだな」

 俺が生きていることがバレれば、こいつは情報局から裏切り者認定されて消されてしまうだろう。


「くそ……」

 

 スーラは、傷ついた体を癒すために、水浴びをしている。ちなみに、約束の魔石は大きさによって持続する効力が異なる。マーリンが持っていた魔石は非常に大きく効果は持続するだろう。おそらく、数年間は……


 場当たり的だが、こうして俺たちは不足していた魔力の専門家を手に入れることができた。


「お主は、わし以上に魔族的じゃな……」

 マーリンの恨み節を聞きながら、苦笑いを返すのだった。


 ※


―王都(王太子視点)―


「殿下、ついにグレアが死亡した模様です。奴の遺品を回収しました」

 バランドから自室で報告を受ける。


「ずいぶんと時間がかかったな。まさか、あのでくの坊に冒険者としての才能があったとは驚きだ。しかし、生まれる家を間違えたせいで、その才能も無駄となったわけか。庶民の家に生まれていればな……馬鹿なやつだぜ」

 遺品は、公爵家の次期当主がつけることになっている指輪状の宝玉とあいつの骨の一部だ。現物が俺の元に届けられている。


「ダンジョン内の協力者による確かな情報です。これで、殿下の思惑通りに事が進んでおりますな」


「ふん。公爵家代々伝わる宝玉がここにあるのだ。間違いなく、グレアは死んでいるだろう。その協力者は、あいつの最期をどう伝えた?」

 嗜虐しぎゃく心がふつふつとき立っていく。


「はい。奴は、火球魔力ファイヤーボールによる波状攻撃になすすべもなく、直撃したようです。火に包まれる自分の身体を見ながら、ダンジョンの泥にまみれた床に転がり息絶えたようですね」


「ほう、それはなかなか見物だったろうな」


「ええ。獣のような断末魔を上げながら、殿下に対して最期まで恨みをこめていたと。やはり、王族に忠義を尽くさない不届き者は困りますな」

 俺とバランドは、ワインを飲み干した。あの御曹司が悲惨な末路をたどったのが最高の酒のさかなになっている。


 グレアは、なぜか人をひきつける魅力があった。身分の上下に関係なく、誠実な人柄が皆をひきつけた。俺にないものを持っていたあいつが、誰にも看取みとられずに、この世に恨みをこめて断末魔を上げる。想像しただけで楽しくなる。


 本来あいつがたどるべき人生は周囲の人間たちからしたわれた幸せなものだったはず。それを粉々に壊してやった。満足感で胸がいっぱいだ。


「馬車を用意してくれ」

 

「どちらに?」


「あの男の元・婚約者に報告しておいてやらなければな」


「殿下もなかなかお意地が悪い」

 

「これであの女は心も身体も俺に依存するだろうな。どうやら、公爵から正式に婚約破棄を伝えられたそうじゃないか。どんなに落ち込んでいるのか、見てくるさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る