第75話 グレアvs国王

 俺は怒りに震えていた。ある意味、ダンジョンに落とされた時以上にだ。

 自分の大事な存在の命を奪われそうになっている。その瞬間を目にした怒りと絶望は震えるほどに大きい。


 昔なら国王を殴るなど、精神的にためらっていただろう。だが、そんな常識的な忌避感きひかんすら忘れるほど、怒りは強かった。オーラリアが殺されそうになっている状況を見逃すほど、俺は老いていない。


 それがたとえ国王だろうが、家族を傷つけることは許せない。

 間に合ってよかった。ここで、遅れていたらずっと後悔するところだった。オーラリアに刃が向けられていたところを見た瞬間、俺は何も考えずに、国王を殴りつけていた。


 誰であろうと、俺の弟を殺させるわけにはいかない。


「国王だろうが誰であろうが、俺の弟に手を出す奴を許すわけにはいかない!!」

 俺は力強くそう宣言した。国王は、顔に泥を付けてこちらの攻撃に防御すらできずに転がっていった。ここで自分と国王の実力差はよくわかった。よくわからないが、あの守護竜を倒した時に覚醒した能力が、国王のそれをはるかに上回っているのがわかった。


 国中で伝説の豪傑ごうけつだと言われる国王が、ダンジョンで成長した俺にとってはただの雑魚にしか見えない。


「(グレア、あとは僕たちに任せて!!)」

 スーラは、俺だけにわかる言葉で伝えてくれる。王の近衛兵をひとりで相手にしてくれている。


「なんだこいつ。剣が溶けて……」

「ダメだ。剣じゃ全部無効化される」

「魔力で吹き飛ばすしか」

「いやだ、死にたくない」


 兵士たちの断末魔だんまつまが聞こえた。魔術師が、兵士の援護に入ろうとするも……


「ぬるいな。これがイブグランド王国軍とは……笑止」

 魔力ダメージを軽減するボールスが盾役となってスーラの弱点をカバーする。銀の鎧がすべて無効化する。物理攻撃はスーラが、魔力攻撃はボールスが無効化する。ダンジョン内で築き上げたチームワークは健在だ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁああああああ」

 きっとマーリンだろう。強烈な魔力爆発が発生する。国王の護衛が、ほぼ崩壊し、俺とあいつの一騎討ちの状況が作り出される。


 すべてを終わらせるために仲間たちが協力してくれている。

 ロッキーは分身を作り出して、大軍で国王軍の攻撃を始める。こうなれば護衛はそちらにも戦力を投入しなくてはいけなくなる。数の暴力という敵の主張は完全に崩壊しつつあった。


 あとは、戦争の英雄。王国始まって以来の猛将という国王を倒せばいい。国王の不敗神話が、この国の恐怖政治を支えていた。だが、その国王を上回る戦闘力があれば。国王の権威は失墜して、新しい世界が始まる。国王や王族の力による支配は崩壊する。国王が力を失えば、誰も彼には従わなくなるのだから。


「グレアか。どういうことだ、私は英雄だ。お前のような若造に負けるわけには……」

 無駄口を叩く国王に対して、俺は攻撃を継続する。

 国王は、長年の愛剣で、俺の攻撃を防ごうとするも、その鋭い刃は幾重いくえにも及ぶ攻撃で、折れてしまう。


「まさか、王国に伝わる宝剣が……」

 動揺する国王が滑稽こっけいだった。

 それはまるで時代の終焉を意味するような……


「おのれ。公爵の息子風情ふぜいが……」


「その公爵の息子風情に圧倒される伝説の英雄のていたらくをどうやって部下に説明すればよろしいでしょうか?」

 ついに国王の顔面に、俺の拳がとどく。王は死の恐怖におびえているようにさえ見えた。その国王から伝わる恐怖が、兵士たち伝わっていく。


「お前たちなど……王太子やソフィーが守護竜さえ連れてくることができれば」

 王は長々と言い訳のように言葉をつなげていった。


「まだ、わからないようだな。元・英雄様!!」

 国王の顔面に向かってこちらの拳が貫かれていく。国王の鼻がありえない角度に曲がってしまった。


「みんな持ちこたえろ。王国の守護竜がもうすぐ不届き者を排除するためにやってきてくれる。だから、少しでも敵の兵士を道づれにしろ」


「残念だったな、国王陛下」

 俺は嫌味を込める。


「どうした、王国の守護竜にかかれば、お前たちなど一瞬で焼かれる運命だぞ」

 国王の強がりが痛々しかった。


「守護竜は、俺が殺した。お前たちの切り札は、もう腐って何も残っていないんじゃないか?」


「何をでたらめを!!」

 国王は愛剣を捨てて、部下の剣を奪いこちらに向かってくる。だが、しょせんは人間の英雄レベルだ。ダンジョン内で鍛えた俺たちには、まるで止まって見える。


「無駄だと言っている」

 国王の強烈な攻撃も、当たらなければどうすることもできない。俺は軽く敵の攻撃をいなして、国王の顔面を砕く。宙を舞った国王は、いつものように自信にあふれてはいなかった。


「まさか、本当に。お前は真実の後継者だというのか!?」

 激痛に震えながら、国王は死の恐怖に満ちた顔で、そう叫んでいた。


「お前たちが何を言っているかわからない。だが、王族という立場だけでふんぞり返っているお前たちは、国家の寄生虫だ。すみやかに駆除が必要だよな」

 俺はゆっくりと国王に向かって進む。王は、顔を白くして、小鹿のように震えていた。

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