第81話 王子だった存在の凱旋
―ソフィー視点―
ふふ。
ふふふ。
ふふふふふ。
笑いが止まらない。殿下の身体は、怪物のように変わり果てた。翼も生えてきた。もう小さなドラゴン型の人間。魔力があり得ないほど高まっているのがわかる。これで身体能力まで強化されているなら、この国……いや、S級冒険者でも勝てないくらいの実力を持っているはず。
私も殺されるかもしれない。でも、不思議と恐怖は感じなかった。もう私の心は死んでいるから。どうせ、ここで死ぬから。放置された時点で運命は決まってしまった。なら、ここで殺されるのも餓死するのも同じ。
少しでも可能性がある方に
かつては、王太子殿下だった存在の顔を見つめた。
私が好きだった美形の顔は、ドラゴンのような顔に変わってしまった。でも、もうなにも心は乱されない。私は彼に対しての気持ちは完全に失せているのだろう。むしろ、新しい化け物のほうに興味をひかれる。
「あら、おもしろい。これであなたは、最強の存在になったわけね? 殿下? それとも残留思念さん?」
「もうどちらでもない。私は王太子でもあり、悪霊でもある」
「でも、この格好じゃ、殿下だって皆気づかないわよ? ちゃんと
今までの頼りないプリンスだった情けない男は、余裕の笑みで笑う。
「もちろんだ」
一瞬で人間に戻った。顔はいつもの王太子だが、かもしだされるオーラはまるで別人だ。まがまがしい。でも、利用価値はある。この最悪のダンジョンで積み重ねられた思念は、おそらく守護竜すら取り込んでいる。つまり、目の前にいる存在は国王などはるかに上回る力を持っているはず。
そして、王位継承権1位の王太子の姿をしているのだ。
これで王国を乗っ取ることができる。いや、それ以上のことだって簡単に……
「ねぇ、あなた。私と取引しない? 私たちなら楽しいことができるわ」
「聞かせろ」
自分が悪魔のような顔になっていると分かった。でも、この最悪の場所から抜け出すためには、力が欲しい。この腐った世界を壊すためには……この化け物が持っている力が欲しい。
妹のような存在、義父になるはずだった存在。親友、そしてかつての婚約者から言われた言葉が頭に響く。忘れられない心の傷がうずいていた。
※
「最低っ。もう二度と先輩に近づかないでっ!!」
「私は、大事な息子を傷つけ奪ったお前たちを絶対に許さない。できることなら、この場で殺してやりたいほど憎んでいる。こちらの立場を幸運に思うのだな。だから、もう二度と、私たち家族の元に顔を出すな。そして、この恨みは必ずお前たちに返してやる。決して忘れるなよ」
「浮気は、魔が差してしまったのかもしれない。でも、なら、どうして……グレア君がいなくなってもそんなに平然としていられるのよっ! なんでちゃんと話をしなかったの? あなたしか、彼を止めることはできなかったんだよ?」
「俺の知っていたソフィーは、完全に死んだんだな」
「俺や大事な人たちを殺そうとして……ナタリーや父上のことを苦しめるだけ苦しめて。守護竜が死んだと分かったら、王太子を捨てて、こちらに乗り換えようとする。この世界は、お前の論理だけでできているわけじゃない。ソフィーが一体何をしたいのか、俺にはわからない」
「それは俺のセリフだ。どうして、俺たちのことを信じてくれなかったんだ。どうして、俺がいなくなったあと、ナタリーや父上に相談してくれなかったんだ。どうして、俺の大事な人たちを追い詰めて殺そうとしたんだ。お前はさっきから肝心なところを答えてくれない。答えようとしないっ」
「ソフィー、俺とお前はもう敵同士なんだ」
※
あの呪いの言葉が何度も頭をよぎる。
もうあの温かい場所にはもどれないんだ。
なら、壊すしかない。だって、ここは地獄だから。
この国。いや、世界をすべて壊して。
私が大事にしていた場所をすべて壊した世界に報復してやる。私はもう地獄にいる。だから、みんなも一緒に来てもらう。
こんな腐った世界、壊した方がいいもの。
「いま、国王軍は公爵領にくぎ付けになっています。つまり、王都と王宮はがら空き。あなたなら簡単に制圧できてしまうでしょう? そして、王族と守護竜の関係を
「ふむ」
「そして、周辺諸国をあなたの力で制圧してしまえば……新しい秩序ができあがる。私たちの天下よ」
悪霊は大笑いをはじめた。
これは契約成立だろう。
「女よ。お主はおもしろいな、何が望みだ」
「このダンジョンからの脱出と、あなたの共犯になること。あなたはこの世界に恨みがあるんでしょう。理不尽にこの場所で命を奪われたから。あなたは、私と同じ匂いがする。私たちは、分かり合える。まずは、この国の理不尽の象徴である王宮を焼き払いましょう。私たちならそれができる」
私は悪魔に心を売り払った。
「よかろう。世界を闇に染める。それが余の願いでもある」
契約は成立した。革命はもうすぐ成立する。
―――
次回は4月1日土曜日を予定しています。
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