第80話 王子の死
―王太子視点―
どうして、こうなった。俺は次期国王だったはずなのに。
今では完全にグレアにはめられて、最愛の妹すら奪われて、ここで死を待つだけになっている。もう、終わりだ。俺の栄光にあふれていた未来は、完全になくなった。グレアの婚約者であるソフィーを奪ってしまったせいで……
こんなことになるなら、こんな女に手を出すべきじゃなかった。ただ、火遊びのつもりだったんだ。俺よりも無能なくせに、人をひきつけるグレアにずっと嫉妬していた。だから、
それが俺の破滅へとつながった。いや、俺だけじゃない。妹のローザは、俺のせいで……
殺せ、どうせなら殺してくれ。これ以上の絶望を教えないでくれ。
※
『(おもしろい器を見つけた!!)』
※
邪悪な声が聞こえた。
「誰だ、お前はっ!! こっちに来るなぁ」
死の恐怖と絶望で、自分の頭はおかしくなったようだ。聞こえないはずの声が聞こえる。
『なるほど、お前は王族か。ますますおもしろい。お前の身体はもらうぞ』
「やめろ、来るなぁ」
暗闇がゆっくりとこちらに近づいてくる。必死に逃げようとするも、ガス状のそれからは逃げることができない。
暗闇はヘビのように身体にまとわりつき、俺は動けなくなる。
そして、口から闇が身体に入って来た。
その瞬間、味わったことがないほどの強烈な痛みが身体に走った。
身体が斬り刻まれるような激痛。思わず口から胃液が逆流してしまった。痛すぎて、言葉すら出すことができない。
『ほう、まだ心が壊れないのか。なら、もっと暴れるぞ。はやく、おかしくなれ!』
身体の中で異物が動くと。先ほどの激痛がさらに激しくなる。
何度も死に至るほどの痛みで、胃液と涙が止まらなくなる。
『痛みに強いタイプか。ならば、精神を揺さぶってやろう。楽しませてくれよ。王太子殿下という名のおもちゃさん?』
なにか、ソフィーが声を発している。だが、痛みのせいでそれを聞き取る余裕すらなくなった。
脳をいじられるような感覚に襲われた。
記憶すら奪われてしまう。
※
「この無能がっ!!」
父上が俺に暴力を振るう。顔を殴られて、恐怖に震えている俺に父上は冷酷にこういった。
「お前のような無能は廃嫡だ。この無能を処刑しろ。下手に生かしておけば、のちの災いになる」
恐れていた言葉がこちらに向けられる。すべてが崩壊する恐怖で、足元から崩れ落ちてしまう。
場面が切り替わった。
俺は
愛人たちが、牢の外から俺のことを見下したかのような冷たい目で見つめている。
『あんたのせいで、私たちの将来台無しよ』
『王太子だから、仲良くしたのに、大事なところで廃嫡される無能なんて、早く死んだ方がいいわ』
『あんたなんて、王族じゃなくなったら、何の価値もないわ』
俺のことをチヤホヤしていた女たちは、そんな
最後にローザがやって来た。
『こんな男をお兄様なんて思っていたなんて、バカみたい』
「ローザ、俺はお前を……愛して……」
その言葉は途中で切れてしまう。石を投げつけられたから。最愛の妹に……
『気持ち悪い。あんたみたいな人と血がつながっているだけで、最悪なのに』
「やめ、」
『本当に情けない男。こんな男、もう知らないわ。早く死ねばいいのに。さぁ、行きましょう、グレアお兄様!』
一番嫌いな男が突然現れて、情けない俺を見て冷笑する。
「そういうことだ、悪く思うなよ」
俺のすべてが奪われていく。
※
ダンジョンに意識が戻る。
俺の身体は、俺の物ではなくなっていた。
巨大な爪。緑色のごつごつした肌。自分の背中には巨大な翼が生えている。
もう人間ではない醜悪な身体に絶望し、心は完全に無へと
「いやだ」
それが俺が発した最後の言葉だった。心も身体も完全に暗闇に取り込まれた。
痛みと心がむしばまれる恐怖で発した獣のような悲鳴が耳に届いた時、俺は俺ではなくなった。
――――
次回の更新は3月30日を予定しています。
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