第82話 虐殺

―ソフィー視点―


「では、女どうすればいい。お前はなかなか賢そうだ。決めろ」


「ええ、そうさせてもらうわ。あなた、その翼で空飛べる? まずは、このダンジョンから脱出しないと。外の世界ならいくらでも暴れてしまって構わないわ」

 幸運なことにこのフロアは吹き抜けで外とつながっている。空が飛べるなら、脱出何て造作もないはず。


「よかろう。簡単なことだ」

 私の身体を両手で抱き寄せると、共犯者は力強く羽根を動かす。ふわっと大きな風を感じながら、浮遊感をおぼえる。その後、一気に身体は浮かびあがり、光に近づいていく。


 湿気とよどんだダンジョンの重い空気が遠くなっていく。


 冷たい風に身体が包まれる。思わず深呼吸してしまうくらい新鮮な空気だ。数日ぶりに感じる外気は涙が出るほど幸せな気持ちを運んできてくれた。


「このまま、王宮に行きましょう。王都を火の海に変えて、すべてを壊す。私たちの理想の国がもうすぐできあがる。最高でしょう。王都でふんぞり返っている貴族や王族たちを恐怖のどん底に落としてしまいましょう。私たちが味わった絶望を、あいつらにも味あわせなくちゃいけないわ。ブーラン貴族という出自だけで、私を差別していたあいつらを……殺してやる」


 王都へ向かって飛んでいると、地上に軍隊が見えた。あれは、ブルク伯爵の旗。おそらく、国王親征の援軍だろう。数は三千くらいね。たしか、ブルク家は精鋭と評判だったはず。イブグランド王国の名門貴族。


 そして、超保守派。

 先代当主は、ブーラン貴族を皆殺しにしろと強く主張したこともあったと聞く。


「最初の生贄にはちょうどいいわね。ねぇ、あなた? あいつら敵よ。どうにかしてちょうだい」


「よかろう」

 怪物は、軍隊の前に立ちふさがった。私は巻き込まれないように、怪物の後ろに隠れた。


「なんだ、お前たちは」

「軍の動きを邪魔するとは、覚悟はできているんだろうな」

「やってしまえ。これ以上の進軍の遅れは許されない」

 男たちは剣を抜き、こちらに襲いかかってくる。


「雑魚が。遅い、遅すぎる」

 怪物はあざ笑いながら大きく息を吸い、巨大な火炎ブレスを吐き出した。巨大なドラゴンのように。男たちは一瞬何が起きたかわからないような顔になって、そして、事実を飲み込めずに火球に飲まれていく。


「おのれ、怪物が。私が成敗してやる!!」

 見慣れた顔がこちらに向かってきた。伯爵その人だ。武闘派貴族として名をはせているだけあって、うまく火炎ブレスを回避したようね。


 伯爵の刃は、怪物に向かって振り下ろされた。

 だが、緑色の腕に簡単にはばまれてしまう。伯爵の愛剣は固い肌に負けてボロボロに砕け散った。


「先祖代々受け継いできた宝剣が!?」


「つまらないな、お前……死ね」

 絶望に染まっていた武闘派貴族の尊厳すら気にせずに、怪物の手刀はいとも簡単に首の骨を折って敵を絶命させる。


 崩れ落ちていく主だったはずの身体を見て、生き残っていた兵士たちは、クモの子を散らすかのように消えていく。


「ふふふ、これがあの精鋭と言われて他国からも恐れられている部隊なの? おもしろい、おもしろいわ」

 私は力に酔っていた。

 いままでしいたげられてきたから。

 公爵家や王族の庇護ひごに頼りきっていたから。敗戦国の女というひ弱な看板をずっと背負わされてきていたから。


 こいつがいれば、私はもう何も恐れることはない。

 これが力なのね。私がずっと欲していたもの。本当の意味で、自由を手に入れることができた。誰にもしばられない。縛ることもできない。私たちが法になるセカイが来たんだ。


 力の誘惑がここまですごいとは思わなかった。こんな蜜の味をおぼえたら、もう何もいらない。王族たちが腐敗した理由もわかる。こんな全能感をおぼえたら、もうダメよ。


 心が腐っていくのがよくわかる。その苦痛がとても気持ち良い。

 王宮が無慈悲に燃え尽きる瞬間はもうすぐね。


 今までの弱かった私は、王都とともに死ぬ。

 そして、新世界が始まる。


 力によってもたらされた高揚感によって、私は笑いを止めることができなかった。

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