第22話 マーリンの策&囚われた情報局員
マーリンの攻撃は、天井をとらえていた。
空中で爆発し、大きな衝撃と共に一部が崩落して、土人形たちに襲いかかる。だが、これではダメだ。あいつらは、土から生み出された怪物。天上の崩落くらいでは、足止めにしかならない。
だが、マーリンは不敵な笑みを浮かべていた。勝利を確信するかのような……
崩落に巻き込まれた土人形たちは、一度形を崩したものの、再生し起き上がる。やっぱりだめだ。しかし、その瞬間だった。起きるはずがないことが眼前で繰り広げられる。
雨が降ってきたのだ。この地下10階で起きるはずがない現象が……
土は水を被ることで形を維持できなくなり、泥のように溶けていく。こいつらは再生に乾いた土が必要だから、水で濡れた土では形を戻すこともできない。
「そうか、湧水の水脈……」
階段を降りる際に、たしかに水が
頭脳戦で完全に出し抜いた形となる。核以外のすべての土人形が溶けてなくなり、俺たちは真の敵の前にゆっくりと近づいた。
本体も濡れた影響で、動くことすらままならない。
「これで終わりですな、さぁ命令をグレア殿」
ボールスは勢いよく本体に向けて、剣を向けようとする。土人形は、おびえた様子で震えながら尻もちをついていた。
まるで、子供のように……
「まってくれ、ボールス。少しだけ話をしたい」
スーラは苦笑しながら『またはじまったね。グレア?』と語りかける。マーリンもあきれていた。うるさい。もう、戦闘は終わったんだ。
「なぁ、土人形。ずっとひとりだったんだろう。地上に出たら、人間たちに殺されるもんな。だから、こんな奥深くに隠れていたんじゃないか。ならさ、俺と一緒に来いよ。一人は寂しいだろ。ただ、操るだけの分身じゃなくてさ。俺たちとホンモノの友達にならないか?」
俺の差しだした手を土人形はゆっくりとつかんだ。子供のような手は、やっぱりザラザラしていた。
※
―王都(アカネ視点)―
私たちは、眠らせた情報局員のマルスを隠れ家の地下室へと移動させた。
本来ならば手荒な真似をしないように公爵様と坊ちゃんに言われているけど……今回だけは別。
なにかしらの核心的な情報を聞き出す必要がある。
「ここは……」
冴えない顔をしているマルスが目を覚ました。椅子にロープで手足をくくりつけられている自分の姿に驚き、暴れて拘束から逃れようとする姿が
「お目覚めかしら、マルスさん?」
私の声にびくりとしつつ、女だと分かると急に強気な怒気を込めた声になる。
「お前はさっきの怪しい女。こんなことをしてただで済むと思っているのか。公爵に反逆心有りと上に報告して、お前もろとも処刑台に引きずってやるからな」
「あらあら、いさましいこと……まだ、自分の立場がわからないのね」
私は、マルスのみぞおちに向けて、強打を叩きこむ。男は潰れたカエルのような声をあげて、苦しみもがく。
「本当にいいんだな。俺は元近衛騎士団、現情報局員。お前を処刑台に送るなんて、簡単に……」
「私、学習能力がない人、嫌いなの」
もう一度、彼の身体に拳を叩きこむと、やっと静かになった。
「やめろ、わかった。助けてくれぇ」
「わかればよろしい。しかし、ずいぶんとひどいことをしているのね。酒場の女に告白して振られたからって、腹いせに彼女の婚約者に
すでに、協力者から聞いていた、こいつの弱みをしゃべると顔が青くなる。
「なぜそれを……」
「そんなこといいじゃない。これでわかったでしょ。私とあなたは、お互いの弱みを握っているって。めんどくさい話は置いておいて、単刀直入に聞きます。あなたは、グレア=ミザイルの拉致監禁に関与しているの? 答えは、イエスかノーのどちらかしか認めないわ」
「それは言えない。第一種機密情報だ。漏らせば、俺が処罰される」
「もっと頭がいい人を期待していたんだけどなぁ。まあ、情報局の下っ端ならしかたないよね」
私はその答えを聞いて、ノータイムで痛みが増幅される神経毒を塗った
獣のような絶叫が地下室に響き渡る。
「さぁ、言いなさい。どうなるかわかったでしょ」
「ダメだ。言ったら殺される」
「そう。なら、ここで私に殺されるか、同僚たちに殺されるか選びなさい。私に話した方が、逃亡できる可能性があるだけましな気がするんだけどなぁ」
今度は、右ももに……。死にたくなるほどの痛みが、もう一度こいつの身体を包んだ。
「いやだ、どっちも選べない。死にたくない、死にたくない、死にたくない」
「あら、ずいぶんと身勝手ね。あなたたちに殺された人たちは、みんなそう言っていたはずでしょ。どうして、同じことをしている私があなたを許すと思っているの?」
絶望に染まった男の腹に向かって、また苦無を押し付ける。あえて、急所は外している。だって、情報を話す前に死んでしまっては意味がないもの。
だから、ただ痛みが永遠に続くだけ。自分でやっておきながら最悪の拷問だと思うわ。
「すぐに仲間たちが来てくれる。あきらめるな、あきらめるな」
うわごとのように自分を励ます男を
「話せば解放してあげる」
私の冷たい言葉が、彼にとっては福音に感じたのだろう。
「わかった、話す。でも、俺は仕事で命令されただけなんだァ。それにほとんど関与してないんだよ。やったのは局長とか幹部たちだけで。あと、一番下っ端のカミラが行っただけど……あいつは結局帰ってこなかったしよォ。俺は、盗難馬車と偽造した身分証を手配したくらいでェ。実際に、動いたわけじゃないんだよォ」
訓練されたおかげで、相手が嘘を言っているかどうかは、瞳を見ればわかる。さすがに、この最悪な状況で嘘を言えるほどの大器ではないようね。
「なら、最後に質問。グレア様はどこに連れていかれたの?」
「それは、俺も知らない。本当だよ。ただ、西の方向に連れて行くとしか教えてもらってないんだよォ。信じてくれェ。頼むよ、痛いのはもう嫌なんだァ」
「それはたしかね」
残念ながら、確信的な情報はつかむことはできなかったか。でも、ヒントはもらった。あとは、そこから見つけ出すしかない。これ以上、情報局員を狙うのはリスクが高すぎる。さらに、こいつの証言から上級幹部しか行先を知らないことははっきりしたから。
「ああ、そうだ。嘘は言ってない。神に誓ってもいい」
あなたみたいな悪党が神に誓う? 笑わせてくれるわね。私は、彼の身体に刺さっていた苦無を抜き去る。それを抜いたことでさらなる痛みが男を襲う。
「情報をありがとう。じゃあ、さようなら」
反撃されないように、身体を固定していたロープを切断し、傷だらけの彼を解放した。もちろん、動けるはずがない。
「さようなら、マルス」
私はしずかに姿を消した。
※
―???(マルス視点)―
何とか生き延びた。ばかめ、俺を殺さなかったことを後悔させてやる。芋虫のように地面を転がりながら、俺はあの女メイドと公爵に恨みを込めた。
「こっちだ、マルスがいたぞ」
コウライの声が聞こえた。やっと、仲間たちが助けに来たんだ。
「おーい、こっちだ。助けてくれェ。やっぱり、公爵は……えっ……」
俺が公爵の反逆をみんなに説明しようとした瞬間、コウライの槍が俺の心臓を貫いていた。激痛と共に、意識が混濁していく。
「やったな、コウライ。これで裏切り者を殺すことができたな」
「ああ、こいつは局内の予算を横領して、それに気づいた俺をパトロール中に口封じしようとして失敗して逃走したんだ。馬鹿なやつだぜ。こんなところに隠れていたとはな。死体を隠すのも面倒だから建物ごと燃やしちまおう。郊外の小屋が燃えたところで誰も気にしない」
さっきまで一緒だったはずの
「みん……しんじ……こ……うら……」
俺の最期の言葉は誰にも届かない……
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