第49話 受付嬢の依頼&王太子壊れる

 俺たちはギルド協会の会議室に案内された。この支部のギルドマスターと打ち合わせするらしいが……


 受付嬢が部屋を出て行ってから、10分は経過していた。まだ、そのお偉いさんがやってくる気配はない。


「お待たせしたわね。引継ぎに時間がかかってしまったわ。さあ、始めましょう」と先ほどの女性が、束ねていた長い金髪を自由にして、席に座った。後ろからごつい協会幹部が後ろに引き連れている。


 受付嬢さんは、こちらからみて円卓の中央に座る。まるで元老院の議長のように……


「あら、どうしたの? 驚いた顔をして。ああ、そういうことね。そうか、言ってなかったわね。この協会の受付嬢というのは、私の仮面ペルソナのひとつにすぎないのよ」


「仮面?」


「人間は、いくつも仮面をつけて生きているのよ。あなただってそうでしょう。仲間たちに見せる顔。家族に見せる顔。恋人に見せる顔。そして、私たちへとみせる偽りの仮面ペルソナ。人間というのは複雑であり、短絡的でもある。人は他人に求められる役割を演じてしまうものなのよ。冒険者さん?」

 まるですべてを見透かしているかのように笑った。ダンジョンの怪物とはまるで違ううすら寒さを感じる。正体がバレているかのような……


「じゃあ、今のあなたは一体何なんですか?」


「そうね、私は求められることを演じてしまう性分なの。悪気はないのよ、許してくれると嬉しいわ。それに、あなたの正体ややろうとしていることを深く知ろうとは思わない。だから、信用してくれると嬉しいわ。改めまして、私がこの支部のギルドマスター、マリーダよ」


「なっ……」

 ボールスは驚きながら席を立ちあがった。「若すぎる。この規模のギルド協会の支部なら、最低でも……」という声に笑いながらうなずく。


「もしかすると、意外とおばあちゃんなのかもしれないわよ、わたし?」

 冗談のつもりだろうか。だが、他の協会幹部は引きつった顔をして、笑顔などは一切なかった。


 本当なのか?


「それでマリーダさん。お願いっていったい?」

 こちらがうながすと、冷たい笑顔で続けた。


「ああ、そうだったわね。簡単なことよ。実は魔獣が最近大量発生してしまって、困っているのよ。だから、あなたたちに退治をお願いしたいの。依頼を受けてくれれば、便宜べんぎを図ることもできるし、隠れ家じゃなかった宿の斡旋あっせんもできる。悪い話じゃないでしょ?」

 悪魔のような笑みを浮かべるギルドマスターはゆっくりとこちらに手を差し伸べてくる。


 ※


「マスター・マリーダ。宿の確保はできました。しかし、よろしかったのですか。もし、彼が本当にグレア=ミザイルなら、我らはイブグランド王国と敵対関係に……」


「構わないわ。私たちの本願を叶えるために時計の針を少し加速させるだけよ」


「中央の協力者から、王都城門付近で公爵家と情報局による大規模な戦闘が行われたという報告も。そして、ローザ王女がいるはずの離宮もあわただしくなっているようですが……」


「離宮が? 面白い予感がするわね。何が起きたのか探りなさい」


「突き進んでもいいのか、マリーダ」


愚問ぐもんよ。私たちが介入しようがしまいが、もうこの世界は誰にも止められなくなっている。こんな乱世なら立ち止まった方が負けよ。いい、私の正体をあいつらに勘づかれてはダメよ。まだ、その時じゃないから」

 

 ※


―王都(王太子視点)―


「それで被害は……いや、公爵は取り逃したとしても、誰かしらはとらえたのだろうな? バランド局長と騎士団長を呼べ。捕虜ほりょ尋問じんもんしろ。すぐに対応を協議する。父上が気づく前にすべて終わらせるぞっ」

 もし、こんな大失態がバレたら……折檻せっかんどころの騒ぎじゃすまなくなる。


「それが……」


「どうした。時間がないぞ。情報局と近衛騎士団の総力をもって、逃走者を捕まえろ」

 使いは意を決したように口を開いた。


「報告させていただきます。王都にいた情報局員は、ほぼ壊滅しました。公爵家の損害はゼロです」


「ふざけるなぁっ!!!!!!」

 怒りのあまり剣を叩きつけた。愛剣はワインにまみれる。


「バランドは……バランドはどうしたっ!!」


ぞくを部下と共に追撃中に、オーラリア=ミザイルと交戦。重傷を負って現在治療中です」


「なんだとぉぉおおおおぉぉぉぉ」

 報告者の胸をつかみ激高しながら、身体を地面に叩きつける。報告者の服が血塗られたようにワインに汚れる。


「おやめください」


「この無能どもがっ。お前たちを信用していたからこそ、公爵家の監視を任せたんだぞ。どうしてくれるんだ。どうしてくれるんだ。お前たちの大失態で……」

 俺は報告者の腹を右足でけり続ける。


「殿下、おやめ……さい。もうひとつ、お知らせしなければならないことが……」


「早く言え、早く言え」


「殿下が……ローザ王女殿下が……」


「ローザがっ、ローザがどうした」


「離宮に向かう途中の本日の午後、消息を絶ったと。護衛していた騎士団員とともに……」


 世界が真っ白になってしまったかのような……不思議な錯覚が、目の前を包んだ。何を言っているんだ、こいつは。


「ローザが行方不明? 何を言っているんだ、何を言っているんだ。何を言っているんだ。嘘だ、嘘だ、嘘だ。ローザ、ローザ、ローザ」

 俺は頭に血が上り、妹の名前をうわごとのように呟きながら、床にたまったワインの海に倒れ込んだ。

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