第35話 マーリンの考察&悪女の誕生

 宴の後。俺は酔っぱらっていたマーリンとあえて2人きりで会話する。今回の件で、俺自身に起きたことをはっきりさせておきたかったらだ。


「マーリン、時間少しいいか?」

 青白い顔を赤らめた奇術師は、こくりとうなずいた。結局、2人でウィスキーをほとんど空けていたようだ。相当酔っているのだろう。まさか、酔っている方が健康的に見えるとはな。少し皮肉だが。


「ええ、主様。あなたに対して、閉じる扉を私は持っておりませんよ」

 酒に酔っているはずなのに、いつも以上に冷静な口調だった。おそらく、もう何を聞きたいかもわかっているのだろう。


「今回の件、魔石の研究家でもあるお前はどう見る?」


「まったくもって理解不能ですな。そもそも、あの太陽の魔石は、おそらく一点ものの、貴重品。小さな太陽のような力を持つ魔石など聞いたこともありません。このダンジョンに眠る貴重なものでしょう。そして、このダンジョンを作ったものによるなにかしらの役割をになっているのかもしれませんな。あのドラゴンは、意味の分からない単語を羅列られつしていました。そして、その力を自在に扱えるグレアを恐れているようにも見えた。あなたという存在と、あの魔石が組み合わさることになにかしらの意味がある。そういうことなのでしょう」

 専門家のマーリンですらわからないなら、誰もわからないだろうな。俺はあの奇跡のような出来事を究明することに少しだけ絶望する。


「ですが、ひとつわかったことがあります」


「わかったこと?」


「この国の守護竜という役割を担っていたあの怪物は、その力を大変恐れていました。そして、こうとも言っていた……」

 マーリンはドラゴンの声色をまねて言葉をつむぐ。


 ※


「そんなバカな。覚醒するのかっ!? それを許せば、この国はひっくり返る。余と人間の王が作り出したこの秩序が……そんなことはさせるわけにはいかない。真実の後継者を誕生させるわけには……」


 ※


 そして、一呼吸おいて続けた。


「あの言葉からわかることは、あなたとその力はこの国を根底こんていから変えてしまうほどの脅威になるということです。そして、"真実の後継者"と何度も言っていた。ここからこの国の根元を揺さぶるような真実が、その力には隠されている。そういうことではないでしょうか?」


「この国を変える力……」


「それが何を意味するのか。おそらく、誰にもわかりません。真実を知っていたのは、あの竜とおそらく王族のみ。これは直感ですが……」

 あえて、言いよどむ奇術師に俺は続きをうながす。


「おそらく、このダンジョンには何かが隠されている。国すらも破壊するほどの、何かが……」

 冷たく洞察するマーリンの顔を俺はただ見つめながら、自分たちに待ち受けているだろう宿命に対して、身震いを禁じえなかった。


 ※


―学園(ソフィー視点)―


 廊下は凍てつく空気に包まれている。


「田舎貴族……まさか、あなた……それは、私に向けて言っているんですの?」

 怒りに震えて、言葉まで揺らいでいる。いつもは嫌味を聞き流している私が、たてついてくるなんて、思いもしなかったのだろう。気持ちいい。自尊心だけで生きているような生意気な名門貴族をしいたげるのは、こんなに楽しいんだ。やみつきになりそう。


「ええ、そうよ。だって、そうでしょう。あなたは家柄だけは立派で歴史だけはあるけど、中央政界ではしょせん傍流ぼうりゅうのお父上の娘じゃない」

 いつもは飲み込んでいるはずの言葉がスルスルと流れるように発せられる。


「あなた……没落ブーラン貴族の女が、由緒正しい私の家をバカにするなんて許せない」


「あら、あなたに許されようなんて思っていないわ。だって、あなたと私の立場は違い過ぎるもの。たしかに、私はブーラン貴族。でも、選ばれた女よ。私はミザイル公爵家にみそめられて、婚約し、今では王太子殿下の恋人。でも、あなたはどちらにも選ばれなかったただの負け犬よね? 公爵家からも殿下からも選ばれなかったじゃない。違う?」


「あっ……う……」

 泣きそうな言葉が発せられる。でも、先に仕掛けてきたのはあなたじゃない。そんなことで許されるなんて思わないことね。


「知っているわよ。私の男に何度も色目を使っていたこと。でも、残念ね。結局、ふたりともあなたなんて眼中になかったみたい」


「うる……さい。あんただって、しょせんは王太子殿下のめかけ候補じゃない。まさか、正室になれると思っているの? 身の程を知りなさい。この汚いブーラン貴族がっ」


「あらあら、その汚いブーラン貴族に負けているのが、名門侯爵家のご令嬢のあなたでしょう。口には気を付けることね。殿下の寵愛ちょうあいを受けている私に喧嘩を売って、あなたの家が発展できるって本当に思っているの? ミサさん、アイラさん。あなたたちもお友達はちゃんと選んだ方がいいわよ。そうじゃなければ、田舎貴族と一緒に殉死じゅんしすることになるもの」

 私が、アンリの取り巻き達も威圧すると、ふたりは青ざめた顔になっていく。「違う、私たちは関係ない」とか「アンリさんが勝手に言っただけよ。私たちは、ソフィーさんと仲良くしたいだけなのに……」と裏切り始めた。


「何を言っているの? あなたたち」

 取り巻きの動揺に恨み節をこめるも、すでに友情関係は崩壊している。王族の威光と田舎侯爵のそれ。どちらが力を持っているかなんてはっきりしているのもの。


「良い子たちね。アドバイスしてあげる。友達は慎重に選ぶこと。そうじゃないと、一生後悔するわよ」

 この言葉が死刑宣告となった。さっきまで仲の良かった友情グループは、お互いに責任をなすりつけるみにくい女たちの争いの集団に変わっていた。


 他人が長年培ってきた宝物をぐちゃぐちゃにするのって、こんなに楽しいんだ。知らなかったわ。私は快感に酔いしれて、その場を後にする。イザコザを眺めていたグループの中にマリーさんが見えた。でも、無視して私はそのグループをすり抜けた。


 ※


「もう、元には戻れないんだね。ソフィーさん……」

 変わり果てた元親友の姿に絶望しながら、私は必死に涙がこぼれないように我慢することしかできなかった。

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