第55話 グレア、英雄になる!?

「スーラ、援護頼むっ!!」

 結局、俺たちは王都に向かうまで、魔物狩りをして過ごすことにした。死の迷宮ラビリンスで生きるために魔物狩りしていたせいで、魔獣がダンジョンの外に流出して、この地方の人に迷惑をかけてしまったからな。


 少しでも役に立ちたいと思って、王都に向かうまでは、魔獣狩りを受注していた。


 今回相手しているのは、食人植物カニバイーターという巨大な植物系モンスターだった。巨大な花のような魔物で、触手を使って獲物を攻撃し、弱らせたところで捕食する怪物。


 禍々まがまがしい赤い花が口になっていて、内部の強力な酸ですべてを溶かしてしまう。


 厄介やっかいなのは、こいつの根だ。少しでも残っていると、驚異的なスピードで倒しても復活してしまう。すべてを焼き尽くすような攻撃が必要になる。


 魔獣狩りの途中で、近くの村に住む娘たちが襲われているのを目撃した俺たちは、すぐに救出に向かっていた。


 スーラの身体が、触手を溶かしていく。だが、すぐに回復する。


『どうしよう、グレア。キリがないよ』


「主殿、娘たちは私にお任せください」

 植物に絡められて、あやうく捕食されそうになっていた女たちはボールスの斬撃によって救出される。


 今回はギルド協会の幹部は同行していない。だから、あの秘密兵器を使うチャンスだ。守護竜撃破のきっかけとなったあれを……


 太陽石の魔石を左手で強く握りしめた。俺の左手は巨大な胴の長い竜に変化していく。原理はわからない。あの王国の守護竜との戦いで、突然身に着けた俺の切り札だ。なるべく使わないようにしていた。下手に注目を浴びたくはなかったから。


 ボールスやマーリンが同じようなことをしても発動しないのに、なぜか俺だけは扱える。左手の竜は、天に向かって飛び、食人植物カニバイーターを見下ろす。


 この操作は簡単だった。考えるだけで、後は自動的に動いてくれる。


「焼き尽くせっ!」

 守護竜を圧倒した巨大な火炎にあらがうことなどできない。巨大な攻撃は、地面すらエグり、食人植物カニバイーターの根元ごと焼き尽くす。カバーに動こうとしてくれていたマーリンは苦笑いしながら魔力をキャンセルした。


「カバーも不要でしたな」と笑っていた。


 やはり強力すぎる。B級上位の脅威と言われている食人植物カニバイーターが跡形もなく消し炭となっていた。


「ありがとうございます、魔物使いモンスターテイマー様」

 村娘たちは、恐怖で震えていた。あと一歩助けが遅ければ、命を奪われていただろう。その姿が、追放された時の俺と重なる。


「大丈夫だ、俺たちが村まで送るから、今後はあまり遠くまでは動くなよ。最近、この地方には魔獣がたくさんいるようだからな」


 2人の娘は、涙を浮かべながら俺にすがりついた。助けることができた命を目の前に、あのダンジョンでの経験が無駄になっていないことに、少しだけ嬉しく思う。あんな最悪な経験でも……


 あそこで死んでいった人間たちの思いを、俺はつなげていくことができていると、実感できる。それはとても幸せなことだった。


 ※


「あれが1日でB級まで昇格した魔物使いモンスターテイマーか」

「わずか数日で、魔獣の被害を激減させた救世主様だ」

「まだ、経験が少ないからB級冒険者だけど、実力はS級って噂だ」

「おい、知らないのか。たぶん、S級冒険者ライセンス持ちの人が、中央の特命を帯びて、身分を偽っているって噂だぜ」

「そりゃあそうだろ。あの騎士と魔術師なんて、どう考えてもオーラが違うよ」

「今日も食人植物カニバイーターをねじ伏せたそうだぜ」

「あの食人植物カニバイーターをかっ!?」


 ※


 街を歩くだけでも、俺たちは噂される存在になっていた。あんまりよくない兆候ちょうこうだ。


 中央に噂が流れる前にここを離れるのが一番だろうな。まぁ、明日には王都に向かえるわけだから、心配しなくても大丈夫だろう。


 王都で父上に無事を報告し、ナタリーと会って再会を喜ぶくらいはしておきたい。

 で、公爵邸にでも転移結晶を仕組めば、完璧だ。


 俺が生きているなんてわかったら、きっとみんな驚くだろうな。2か月くらい会えていないけど、俺の事、ちゃんと覚えていてくれるよな。スーラやボールス、マーリン、ロッキーのこともきちんと紹介して……それから……


 期待に胸が膨らむ。やっぱり、俺は家族が大好きなんだ。アカネや執事長にもきちんと挨拶したいけど……


 そもそも、王都はどうなっているんだろう。

 知りたいことがたくさんありすぎる。


 ※


「すでに、公爵家はお前のことを廃嫡にしている。逃げ場はないぞ」


 ※


 あの拉致らちされた時の言葉はずっと心に残っている。何度も心では否定していた。父上や弟、ナタリーがそんなことをするはずがない。だが、ソフィーは……婚約者は俺を裏切った。皆がそうじゃないという保証はどこにもない。


「(なにを怖がっているんだ。そんなわけはない。大丈夫だ。俺は家族に会うために今まで頑張って来たんじゃないか。皆を信じなくてどうする)」

 再会が近くなったことで、少しだけ怖くなった自分の弱い気持ちを否定する。だが、婚約者に裏切られたことで、俺の心は傷ついていたようだ。


 不安で押しつぶされそうになっていた。

 

 そんな俺の元に懐かしいにおいが届いた。すれ違った女性から漂うその香りは、心を揺さぶる。まさか、こんなところにいるわけがない。


 きっと再会が待ち遠すぎて、敏感になっているだけ。

 でも、俺が振り返れば、きっと彼女は振り返る。


 そんな予感が俺の頭を支配していた。

 後方にある夕焼けに向かって、ゆっくりと振り返る。目立たないようにローブを被っていた彼女も同じタイミングでこちらを見ていた。目が合う。見間違えるわけがない。彼女だ。ずっと会いたかった女性がこちらを見て、泣きそうな顔で一言、つぶやいた。


「グレア、センパイっ……」と。

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