第56話 ナタリーの本心(再会、別視点)
私はずっと後悔していた。
罪悪感がずっと心に残っている。
ひとつは、センパイが行方不明になった日のこと。もし、私があそこで違う行動をしていたら、彼はいなくならなかったのかもしれない。
※
(回想)
「ソフィーさんはセンパイにもったいないくらいの才女だから手放したらダメですよ? ブーラン貴族でも人気あるんだから、大事にしないとすぐに浮気されちゃいますからね」
「ああ、ありがとう。注意するよ。今日は、ソフィーの誕生日だから、プレゼントの準備をしているんだ」
「それはいい心がけですね!」
「じゃあ、今日はこれくらいにして! ソフィーは学校の寮の部屋で寝ているだろうから、ちょっと顔を出してくるよ、婚約者としてさ」
「そ、そうですね。それがいいと思います」
※
彼と最後に話した言葉を、私は何度も思い返していた。
もし、あそこで彼を引き止めていたら……
もう少し話したいと、本心を語っていたら……
きっと、センパイはソフィーさんの部屋で、王太子と
お父様を失った私にとっては、あの3人で過ごす何気ない日常が、本当に幸せなひと時だったから。あの幸せな日常を、恨みで
でも、そうしなければいけない自分の立場が
それとは逆に、一番大切な人を奪った彼女へ抑えきれない怒りが止められなくなってしまう。もう心はぐちゃぐちゃ。
※
(回想)
「ナタリーさんはこういう服も似合うと思うな? だって、かわいいから……ボーイッシュな服も似合うけど、こういうガーリーな服もカワイイわよ!」
「私はずっとひとりっ子だったから……失礼かもしれないけど、ナタリーさんを妹のように思えちゃうわね」
「今度、グレアに内緒で、ふたりでケーキでも食べに行かない?」
「あなたがグレアの幼馴染でよかったわ。だって、こうしてお友達になれたんだから……ずっと、仲良くしてね、ナタリーさん?」
楽しかった思い出が、いっぱいある。でも、どんなに楽しかった思い出も、思い出すのは最後の言葉だった。
「あなたに何がわかるのっ!? ブーラン貴族というだけで、能力や家柄を低く見られて差別されている私たちの苦しみを。あなたは、最初からイブグランド貴族だからわからないでしょうね。でもね、息苦しいのよ。そんな最悪の場に、一筋の光が差し込んできたら、手を伸ばしてしまうのがいけないこと? たしかに、グレアは優しくて大好きだった。でもね、つまらなかったのよ。彼と結婚出来れば幸せになれたと思う。でもね、王太子様と結婚できたら、私はプリンセスなのよ。その魅力やスリルにあらがえなかったの。あなたも貴族ならわかるでしょう?」
たぶん、あれは本心じゃないはず。本心であってほしくない。私たちの楽しかった思い出を、彼女にだけは否定してほしくなかった。
「本当にごめんなさい。私があなたからグレアを奪ったようなものなのに……ずいぶん、長く借りてしまったわね。本来いるべき場所に……グレアをあなたに返すわ」
何度も……3人の楽しい思い出は、何度もこの言葉に上書きされてしまう。
※
ソフィーさんとどんなに仲良くしていても、結局、私は彼女にプレッシャーを与えてしまったんだと思う。自分では心の奥にしまいこんでいたつもりのセンパイへの感情はどこかから
私はしっかり身を引くべきだった。私が我慢すれば、我慢さえすれば……
永遠と続く罪悪感と後悔が、神様が私に与えた罰。
ひとりになったらずっと泣いてばかりだった。
王都を脱出した私達はノランディ地方の州都に滞在している。執事長さんだけは、公爵領に帰り中央対策を指揮してくれている。私たちは
有益な情報はたくさん集まった。
怪しい
さっき、老戦士さんに話を聞いた。スライムをお供にした冒険者とは思えないほど品のいい男に命を救われた。彼は、謎の力を使ってダンジョン内に聖域を作っていて、そこで食料や水まで大量にストックを持っていた。まるで、ダンジョンの中に自分の家を持っているようだったと……
「グレア先輩だ」
根拠もないのに、直感でそう確信した。彼が絶対に生きている。老戦士さんにダンジョン内の詳しい場所を聞いた。その瞬間、最愛の人が行方不明になって以来、初めて希望が生まれた。私は急いで、公爵様たちとの合流ポイントに走る。
宿に向かう階段を
早く皆に報告したい。
目立たないように変装するために身に着けたローブが、風のように舞う。
階段で一組の冒険者らしきグループとすれ違った。
何気なくすれ違った瞬間、私の本能は脚を止めさせる。
懐かしい香りがした。ずっと、一緒にいたはずの香り。この数か月、ずっと追い求めていた彼の……
まさか、こんなところにいるはずがない。
頭ではそう思っていても、すぐに振り返った。そうしなければ、心は壊れてしまいそうだった。
きっと彼も……本物の彼ならこちらを向いてくれる。たとえ、ローブを身に着けていても、私を見逃すわけがない。
夕暮れに染まった赤い顔。いつもの優しそうな笑顔。そして、驚くと一瞬、唇と目を強く閉じる癖。最後に別れた時と、変わらない姿で彼はこちらを見つめている。
「……いっ。グレア、センパイっ!!」
言葉にならない悲鳴をあげながら、私は彼に向かって走る。
「ナタリー、どうしてここに?」
やっぱりそうだ。優しくてちょっとだけ低い男の人の声。ずっと探し求めていた彼の優しさが目の前に詰まっていた。
「どうしてって……あなたを探していたに決まっているじゃないですか」
少しだけたくましくなった腕に抱かれながら、私は一生分の涙を彼の胸に流していく。永遠と思える数分間がそのまま過ぎ去っていった。
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