第54話 王太子、死を宣告される
―王都(王太子視点)―
昨夜起きたことを報告しろ。短い命令文が、俺に届けられた。親が子供に届けたとは思えないほどそっけなく冷たい文章。ローザが行方不明になったことなどは、なにひとつ触れられてはいなかった。
「父上、参上しました」
玉座の間には、俺と父上しかいなかった。人ばらいされている。もうすべてが
「うむ。では、述べろ」
「……」
感情すらこもっていない口調を聞いただけで、幼少期のトラウマが思い出されて、汗が止まらなくなる。
「その前に、ローザのことを……妹はどこに行ったんですか。何かわかっていることだけも教えて……」
父上は、俺のその様子を見て、無表情に剣を抜き、床に突き刺した。
ドンという鈍い音が響き渡る。
「聞こえなかったのか。昨夜起きたことを話せと言ったんだ。ローザ? あんな娘など知ったことか。どうせ、大量発生している魔獣にでも食われたんだろうよ。政略結婚の道具が一つ減っただけだ。なにも困らん。それよりも、昨夜のことを話せ」
「そんな言い方って……」
しまったと思った。思わず反抗的な態度を出してしまった。歯を食いしばる。
父上の拳が顔面を強打する。口いっぱいに鉄の味が広がった。
「お前のような
「ひぃっ……」
「この大バカ者がっ……」
倒れ込んでいた俺の腹をこんどは父上の右足が襲う。
「お許しをっ……」
「ならば最後のチャンスを与えてやる。これに失敗したら、命はないと思え」
胸倉をつかまれて無理やり起きあげられた。
「今回の事実が
「そんなどうすれば……」
「もちろん、命を懸けろ、バカ息子。
それはあまりにも重く鋭いナイフのような言葉だ。実の肉親から言われる言葉じゃない。涙を流しそうになって、自分の非力を自覚させられる。
情報局の戦力は壊滅状態。近衛騎士団は使えない。俺が直接暗殺に向かっても、情報局長を倒せるほどの使い手が護衛している。待っているのは、無駄死だけ。父上はこういっているんだ。公爵家に殺されるか、ここで父上に殺されるか。どっちか好きな方を選べと……
手足は震えて、言葉をうまく話すことすらできない。呼吸すら操作できなくなっているように、息苦しい。
「さぁ、答えろ。どうするかをな」
剣を抜いて、近づいてくる父の姿が、魔物のように見えた。
「お待ちください、国王陛下」
女の声が聞こえた。
さきほどまで一緒にいたはずの女の声が……
「何者だ、人ばらい中だぞ。この話を聞いただけでも、重罪だ」
「ご無礼を……しかし、私にはもう何もありません。ここでご子息が死を迎えれば、私も社会的な破滅の道しか残らない。ですので、ひとつだけ発言をお許しください、陛下」
「名のれ……」
「ソフィー=マーベルと申します」
彼女は、
「マーベル? ブーラン貴族の娘かっ。なるほど……それで何か考えがあるのだろう。申せ。つまらない話であれば、この場でお前を叩き斬る」
「構いません。では、お話させていただきます。公爵一派を事故死させてしまえばいいのです。そうすれば、すべてが公になる前に、終わらせることができる」
「事故死?」
「我ら、ブーラン貴族を震え上がらせた王国の守護竜の噂。巧みに情報統制されていますが、あれは真実だと聞いております」
そういえば、うっかり口を滑らせたことがあったな。王国には、王族を守る守護竜がどこかにいるという話を……
「……」
「これはあくまで仮定の話ですが。邪悪な竜が突然、公爵領に出現し、政務で領地に戻っていた領主を含むすべてを焼き払った。彼らは、不幸な自然災害に巻き込まれた悲しい犠牲者。そうすれば、昨夜の真実は闇に
一瞬、永久凍土のような冷たい目線がこちらに向けられる。「もう、私にはあなたしかいないの。だから、こうするしかないわ」と語りかけてきたように見えた。
「一緒にどこまでも堕ちましょう、殿下」
耳元でそうつぶやいた悪女の声が頭に永遠に響く。
「なるほど、おもしろい。まさか、婚約者を裏切っただけじゃなく、すべてを捨てるつもりか。おもしろい、女じゃ」
「ご許可を」
「ああ、許す」
父上とソフィーは怪しく笑った。
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