第87話 ボールスvs局長

 俺たちは、ドラゴンとの死闘を繰り広げたあの20階のフロアに帰って来た。

 決戦の場所としてここ以上にふさわしい場所はないだろう。そして、どんなに暴れても、余計な犠牲者を出すこともない。ここには関係者しかいないのだから。


「やってきましたな」

 ボールスやスーラたちが戦闘モードで待ち構えていた。

 あえて、みんなにはここで待機してもらっていた。あの王宮に全員いたら、転移結晶の発動が間に合わなくなるかもしれないからな。


「いやだ、どうして、またこんな場所に……私は戻って来たのよ。せっかく脱出できたのに」

 元婚約者の絶望の声は痛々しいほどだ。


「まさか、守護竜がやられたのか?」

 俺をこの場所につき落したいつも自信たっぷりな情報局長は、顔面を蒼白にしていた。旧王国幹部にとっては、この守護竜は精神的な支柱のようなものだったはず。それが討伐されたという事実は、すべての自信を打ち崩されたようなものだろう。


「グレア殿、あの老人は?」


「ああ、ボールス。直接的に、俺をこのダンジョンに叩き落した張本人の情報局長だ」


 ボールスは無言で剣を抜いた。


「あれは、私が相手しましょう。若い時のあの男とは少しばかり因縁がありますから」


 局長は、こちらの殺気に気づいたのだろう。すぐに臨戦態勢に入った。


「ボールス? まさか、英雄ボールスか。なるほど、このダンジョンで生贄になってから、アンデッド化して生き延びていたのか。どうやら、お前は王国の真意を知ってしまったらしいな。そのグレアという反逆者と手を組んで、復讐のつもりかもしれないが、無駄なことだ。お前たちはここで死ぬ。イブグランド王国は不滅なりっ!!」


「減らず口を。消えて言った仲間たちの無念も、ここで眠っている切り捨てられた者たちの魂のためにも、近衛騎士団の生き残りであるお前を始末する。この国のゆがみの象徴だろう」


 老兵と老騎士は、ゆっくりと剣を構えた。


 ※


―ボールス視点―


 グレア殿が、この老人を連れてきたとき、見覚えがあると思った。

 たしかに、年老いている。だが、眼光の鋭さや殺気は若い時の彼そのものだった。

 見間違えるわけがない。なぜなら、こいつが俺たちを死地へと追いやったのだから。


 イブグランド王国近衛騎士団のバランド副騎士団長。初めて会った時、若かりし騎士だった彼はそう名乗った。


 王国の平和のために、力を貸してほしい。王国最強の騎士ですら勝てない、死の迷宮に眠る邪龍を討伐してほしい。そうしなければ、この国に未来はない。あなたたちだけが最後の希望なんだ。奴が目を覚ましたら、いくつもの村や町が燃え尽きてしまうだろう。その前に、どうか助けて欲しい。


 何十年も前の言葉が今でも呪いの言葉として忘れることもできずに残っていた。


 演技だったのだろう。だが、民を必死に心配するような若き実力派の騎士の訴えを断ることはできなかった。


「あの時の言葉は、偽りか?」

 歳を取ったかつての若者は、にやりと笑う。ダンジョン内で俺を殺そうとしたかつての近衛騎士団員のように。人間の皮を被った悪魔がそこにいた。心が邪悪に染まっている。


「当たり前だ。守護竜の力を維持するためには、常に犠牲が必要だったんだ。だから、利用させてもらった。お前たちは最高のごちそうだったんだよ。おかげで竜の力は強まり、戦争やその後の残党狩りに活用させてもらった。お前たちは本当に英雄だ。おめでたいやつらだったがな。この国に力を与えてくれた」

 胸が氷のように冷たいナイフで突き刺されたかのように、痛む。

 少しでも心を軽くしたい。


「外道が」

 この程度の罵倒ばとうでどうにかなる相手ではない。それはよくわかっている。


「国を守るためには、小さな犠牲などは仕方がない。きれいごとで国は治められない。それがすべてだ。たとえ、何と言われようと、正義は我にある」

 もう、狂信者のようなものだろう。ただ、自己弁護と自己正当化を続けるだけの魔道人形のようなものだ。どちらが正義かは力で証明すればいいのだろう。


 それが奴らの流儀なら、その流儀で叩き潰す。

 こちらは一気に距離を詰めた。凄腕の剣士として経験を積んだバランドもすぐに対応する。


 お互いの剣が火花を散らす。

 金属音が何度も響く。視覚情報に優れている剣士。筋肉の動きや呼吸、剣の角度。それらをすべて次の攻撃の予測に使っていたはずだ。だが、俺はアンデッド。つまり、こいつの利点である情報はかなり限定されるはず。長年の経験が役に立たない上に、全盛期と比べて身体を老化している。


 かなり無理をしているはずだ。持久戦になればこちらが圧倒的に有利。

 だが、それでは復讐にはならない。それでは、目の前の狂信者からすべてを奪うことはできない。かつて、俺たちが味わった絶望を味わせることはできない。心が黒く染まっていく。


 俺たちがされたことをこいつに返すには、尊厳からすべてを奪わないといけない。

 お互いの奥義を繰り出して、そして勝つ。それが理想だ。


 そして、決着のときはやってきた……

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