第86話 サンクチュアリ

 まがまがしいほど巨大な光が怪物の口に集結している。

 局長の乱入によって一瞬判断が遅くなった。その瞬間を敵が逃すわけがない。


「すべて壊れてしまえばいいんだ。そうすれば、私の苦しみもすべてなくなる。さよなら、グレア、ナタリーさん。愛していたわ」

 こんな場で聞きたくはなかった言葉が、俺たちの胸に刺さる。もう二度と戻れないあの温かい場を俺たちはずっと求めていた。それは今でも変わらないんだろう。だが、絶対に戻ることはできない。


 俺たちはそれを痛感させられた。だって、彼女の顔は俺たちが好きだった女性の面影はないのだから。同じ皮を被った悪魔がそこにいる。


 変わり果てた最愛の人。後悔で心は壊されるほど、痛みが走る。

 もし、彼女の異変に気付くことができたら、こんな結果にはならなかったのかもしれない。だが、もう結果を変えることはできない。俺たちはお互いに殺し合う立場になってしまった。


 時計の針を戻すことはできない。

 なら、もう前に進むしかない。


 俺が背負うべき業の深さを痛感させられる。でも、大丈夫だ。たぶん、ナタリーも一緒に背負ってくれるはずだから。


 俺はふところに入れておいたひとつの魔石を投げつける。


 それと同時に強烈なブレス攻撃がこちらに向かってくる。普通なら走馬灯そうまとうを見ている時間だろう。だが、ダンジョン生活で修羅場をくぐり抜けてきた俺たちはこんなことで動揺するような器ではなくなっていた。


 聖域サンクチュアリの魔石。

 俺たちがダンジョンで安全に過ごすために、使っていたものだ。

 ここに来る前に、回収しておいた。

 もうあの安全地帯は、俺たちには必要がない。だって、この日の当たる場所で生きていくのだから。この一瞬は、俺たちがダンジョン生活と決別するために必要な瞬間だったんだと思う。


 魔石は、すぐに効果を発揮する。

 あらゆる邪悪を排除する最強の盾となって。


 目の前には、あらゆる怪物を排除する聖域が発生した。魔石の効果に従って。

 一番最初にダンジョンで見つけたものが、俺たちを生かしてくれた。


 そして、この先の歴史を変えてしまう意味を持ったものになった。


「なんで?」

 すべてを火に包み、消滅させるはずだった攻撃が防がれた絶望の声が聞こえる。


「それはお前たちにダンジョンに落とされたからだよ。俺はあの絶望の中で、かけがえのない仲間と今まで忘れていた幸せを教えてもらったんだ。ありがとうよ。そこだけは礼を言うよ」

 俺は一気に怪物とソフィーに向かって突撃する。

 さすがの怪物も強力なブレス攻撃を放った後では、うまく動けないようだ。

 ナタリーだけを転移結晶の範囲外にした。


 王太子の皮を被った怪物、ソフィーの皮を被った怪物、そして、王国の悪意の象徴。この3人とすべての決着をつけるときがきた。


「いってらっしゃい」

 ナタリーの物げな声が聞こえる。

 決着をつける場所に移動する。だから、ナタリーとは少しだけお別れだ。


「いってきます。必ず戻ってくるよ」と心の中で唱える。

 俺はドラゴンの墓場となったあの洞窟へと戻る。ここで本気の力で暴れたら被害が大きすぎる。ならば、あの場所で戦った方がいいだろう。スーラやボールス、マーリン、ロッキーはもうあの場所で待っていてくれる。


 すべてに決着をつけるために。

 この国のゆがみ、悪意の総本山であるあの場所へ。

 すべてを終わらせるには、あそこほど都合がいい場所はないだろう。


 俺がこの国に巣くう悪夢を終わらせる。

 最愛の人を奪い、変貌へんぼうさせたこの悪意に満ちた国を壊す。

 

「転移、死の迷宮ラビリンス。決着をつけようぜ、怪物たち」

 過去との決別のために、新しい未来を作るために、俺はあの地獄へと戻った。

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