第88話 王国の悪意の象徴

―局長視点―


 さすがは元A級冒険者のアンデッド。全く乱れないか。全盛期の実力を維持しているのだろう。こちらは完全に老化し、動きが遅くなっている。反応速度も衰えている。だが、私が王国の最後の砦だ。私が死ねば、捕虜となっている陛下や王族の方々を救出できる可能性が無くなる。


 それだけは避けたい。

 そうなってしまえば、私の人生は意味がなくなってしまう。王国に仕え、どんな暗部を知っても尽くしてきた人生が無意味になる。


 人生が土台から崩れ去るのは恐怖でしかない。グレアがまさかここを脱出できるとは思わなかった。まさか、奴がこの王国に伝わる真実の後継者なのか。


 いや、それはどうでもいい。

 たとえ、グレアがそうであっても、奴らを殺してしまえば、真実なんてものはどうとでもなる。20年戦争でも証明したではないか。歴史は勝者によってのみ語られる。たとえ、我々がブーラン王国民をどんなに虐殺しても、守護竜の生贄いけにえささげても、勝ち続ける限り私たちは正義なのだ。


 敗者こそが悪。このボールスも、グレアもしょせんは敗者だ。運よく命を繋いでいただけで、負け犬だ。ボールスは、A級冒険者という凄腕すごうででありながら、王国という組織に敗北した。


 グレアは公爵家の跡取りだが、それ以上に優れた血を持つ王太子殿下に敗れて、王都を追放された。


 あいつらは全員負け犬だ。犬たちがお互いの傷をなめ合っているだけ。

 そんな奴らに負けるわけがない。負けていいわけがない。


 隠し持っていた魔石を飲み込んだ。疑似・賢者の石ニア・フィロソファー・ストーン錬金術師れんきんじゅつしの中でも、最上位クラスのグランドマスターしか作れない貴重品だ。


 自分の寿命を縮める代わりに、爆発的な力を手に入れることができる。

 

「肉体的な死など恐れない。私は不名誉な死こそ恐れる」

 力が充実していく。若い時に戻ったようだ。かつて、王国最強の騎士と呼ばれていたあの時代に。


 今なら国王陛下にだって勝てるかもしれない。

 こいつらを殺したら、次はオーラリアだ。敗北した時の屈辱くつじょくは倍にして返してやる。


「お前たちの首を、公爵とオーラリアの元に持って行ってやろう。絶望に染まるやつらの顔を見るのが楽しみだ」

 その言葉に、ボールスは震えている。

 

「俺は、大事な人たちを守ることはできなかった。ただ、竜に殺されるのを見ていることしかできなかった」


「そうだ、それはお前が弱かったのが悪い。お前が弱かったせいで何も守れなかった。力こそ正義なのだ」

 その言葉を聞いて、アンデッドは「ふっ」と笑う。


「そうだな。だが、負けたことでわかったこともある。仲間たちがつないできてくれた思いもある。主君グレアに対しての忠義も。新しい仲間たちに対する責任も。種族を超えて信頼してくれている方々への恩義も。もう二度とおまえに大事なものを踏みにじられるわけにはいかない。この負の連鎖は、俺が止める」

 

「減らず口をっ!! ならば、その理想におぼれて死ね」

 この一撃で終わらせる。お互いにそれを確認したかのように、構えに入る・


「イブグランド流剣技・奥義・冥王テウタテスの剣」

 疑似・賢者の石ニア・フィロソファー・ストーンで身体を強化したことで、全盛期を超える人生最高の一撃が成立した。


 これで勝てる。勝利を確信しながら、ボールスに突撃していく。

 避けることはできない。きまった。そう思った瞬間、アンデッドの短くも鋭い声が響き渡る。


「一刀流奥義・夢破ぼうは

 それは、ほとんど継承者がいない水流剣技の奥義。圧倒的な早さと身体を柔軟に使い、無数の連続攻撃を繰り出す。目にも止まらない速さの攻撃を。


 流れるように素早い攻撃が、こちらの必殺の剣技よりも早くこちらの身体を斬りつけていた。


 熱をおびた痛みが身体全体に走る。

 気が付いた時、手から愛剣は落下し、攻撃の反動で、自分の身体は宙を舞っていた。


「なぜ、私は敗北者に負けたんだ」

 思わず言葉が漏れてしまう。ぬかるんだ地面に転がっていく。


 そして、自分が本当に負けたということがわかって、絶望は深まっていく。

 土と鉄の味が口の中で広がった。


 自分の人生のすべてが奪われようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る