第89話 局長の最期

―局長視点―


 自分が圧倒的な力に敗れて、地面に転がっているのを自覚する。

 まさか、ここまでとはな。

 少しだけ自嘲あざわらいながら自分とボールスの実力差に絶望していた。


 レベルが違う。結局この歳まで王国の暗部を担っていたが、天才的な冒険者の前では、自分がただの凡人だったと自覚させられる。


 オーラリアと戦った時もそうだ。自分は努力だけでこの地位までたどり着いた。だが、オーラリアやボールスは、並外なみはずれた天才だ。自分と天才の器の違いに愕然がくぜんとした絶望感を味わうことになる。


 自分はしょせん、王国の権威を身にまとっていた小物だった。わかっていたはずなのに、忘れようとしていた事実が死の間際に思い出されてしまう。


「私は負けたのか?」

 ただの事実確認。だが、その事実確認は、自分の人生が無駄ったことを追認するような意味しか込められていない。つまり、絶望と恨み辛みがこめられた負け犬の遠吠とおぼえだ。

 

「ああ、残念ながらな」

 アンデッドの言葉は自分の絶望感を強めた。やはり、届かなかった。生まれ持った才能には。こいつと自分とでは、才能の違いがありすぎる。


 すでに剣は手元を離れている。もうどうすることもできない。

 理想に燃えていた若い時代を思い出した。


 ※


「なぜです。どうして、あの英雄たちを裏切ることができるんですか。彼らは、自分の命を捧げてまで、民衆のために動こうとしているのに」

 若い自分が先の国王陛下に食い下がっていた。自分は知らなかったんだ。守護竜討伐に向かう冒険者が、事実上の生贄だったことを。


「仕方があるまい。彼らの犠牲によって、守護竜は力をつけることができる。彼らは必要な犠牲なんだ。いつまで青いことを言っているんだ、副騎士団長。絶対的な正義が、あるなんて本当に思っているのか。我らは国家の安定のために鬼にならなくてはいけない。そうしなければ、抑止力となっている守護竜の力は維持できない。守護竜が維持できなければ、犠牲者はもっと増えるのだ。我らは、英雄たちや孤児の命によって支えられているんだよ」


 ※

 

 亡くなった先代の陛下の言葉を忘れることはできない。結局、自分はあの青さを忘れて、長いものに巻かれる……他人の言葉に支配される人生を選んだ弱き者だった。アンデッドになってまで、他者の人生を救おうとしたボールスと自分とでは本当に器のレベルが違う。


 大義のために。という言い訳ですべてを正当化した弱者である自分とはまるで違う生き方をする彼らに、嫉妬すら感じてしまう。


「結局、これが私の人生の限界ということか。もう一度、人生をやり直すことができるのら、私はお前たちのように生きたかった」

 事実上の敗北宣言。

 戻れるわけがない、やり直すことができない人生ということがわかっている初老の自分が思わずつぶやいてしまうほど情けない言葉だ。涙が止まらない。信念に生きた者ボールスやグレアと、現実の荒波に飲まれた自分。その対比が絶望的なまでの結果を分けた。


 剣技でも、人間の器でも完全に負けた。栄華を極めたとしても、結局は王国の暗部。死後の歴史で奸悪かんあくとして永遠に歴史に残る。自分は敗者だ。


 死にたくない。やりなおしたい。そう思いつつ、冷たい刃は無慈悲にこちらに向けられる。


「仕方ない。私はそうなる運命だったんだから」

 自分に言い聞かせるように目を閉じた。死への絶望をぬぐいされないまま、首に熱い一撃が振り下ろされる。


 意識を失いながら、自分の流されたままの人生を後悔しながら、永遠の眠りは自分の元へとやってきた。

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