第90話 グレアvs怪物

 もう、ソフィーのことを考えている余裕はなくなった。

 さきほどの王宮での戦いで、わかった。王太子の身体になにかあったのだろう。明らかに人間を超えた実力がある。


 まるで、ここで戦った守護竜のような強さだ。

 局長は、ボールスが戦ってくれている。俺は目の前の敵に全力を尽くす。


 ロッキーが一番最初に動いた。無数の分身が敵に突撃していく。通常の敵なら数の暴力で押しつぶせるはずだ。だが、目の前の敵は普通じゃなかった。


 分身たちに向かって、奴の顔から光が放たれた。邪悪な色の光だ。光に飲まれた瞬間、土人形たちは瞬く間に溶けていく。


「みんな避けろ」

 俺が叫ぶと、直撃コースにいたマーリンがすぐに反応して、事なきを得た。

 ロッキーの数の暴力が通用しない。さらに、スーラの酸の身体による防御も無効化されるだろう。


 ボールスの銀の鎧ならあるいはいけるかもしれないが、未知数だ。仮に、うまくいかなかった場合は、パーティーの全滅を意味する。


「スーラとロッキーは俺の援護に回ってくれ。マーリンは、遠距離から攻撃。俺が接近戦は引き受ける」

 俺はあの守護竜との戦いで発現した能力を発動させる。自分の片腕が竜へと変わっていく。


 2度目の光がこちらに向けられた。俺の竜は、火球を吐き出してそれを相殺する。

 火球と光のぶつかりによって、空気が震える。重たい衝撃波とその後の轟音ごうおん。やや、態勢を崩したが、なんとか無効化することができた。


 しかし、轟音と共に発生した爆炎のなかから、怪物が飛び出してきた。

 意表を突かれて、反応が遅くなる。

 自動的に動いていた腕のドラゴンがなんとか防御してくれたが、重い一撃によって身体が弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。


「おいおい、なんだよ。少しはやると思っていたのに、その程度かよ」

 怪物は高笑いしながら近づいてくる。


「ちぃ」

 口の中に鉄の味が広がっていく。


「この身体の持ち主は、お前に嫉妬しっとしていたようだな。あいつの残留思念がずっと言ってるんだ。お前を殺せ。グレアを殺せ。血祭りに上げろ。俺をこんなことにしたお前を許さないってな」


「嫉妬? 王族として生まれて、才能だってあった王太子に嫉妬されるほどの男じゃないぞ、俺は」


「そうかな。こいつはずっとお前が羨ましかったようだぞ。妹以外に味方がいない王宮。国王の暴力とプレッシャー。地位だけが目当て、心にもない言葉を吐く女たち。本当の愛なんて感じたこともないほど、孤立していた。権力や金があったとしても、それは見せかけの砂の城だ。そのことはこいつがよくわかっていた」


「……」


「だが、お前は違う。勉学などに関しては才能は、この身体の持ち主の方があっただろう。だがな、お前は愛されていた。家族にも、婚約者にも、友人たちにもだ。公爵家の跡取りという恵まれた地位があるのは自分と同じだ。だが、お前は愛を知っていた。家族や友人たちも、国家と戦ってまで、お前を救出しようとしていたくらいだ。だから、奪ったんだろうな。そうすれば、お前に自分と同じ苦しみを与えることができる。ずいぶんと幼稚ようちな考えだが――それが、こいつの破滅を招いたことになる。おもしろい」


「おもしろいだと?」


「ああ、だってそうだろう。愛を求めて、お前の婚約者を奪ったことで、こいつは持っていたものをすべて失ったんだ。人間って言うのは本当におろかだよなァ。まぁ、いい。こいつのおかげで、俺はこうして身体を奪うことができたんだからな」


「お前は一体……」


「死ぬ前に知ってどうする。どうせ、死ねばわかるさ。お前の能力はとてもいいな。お前を殺して、魂ごと食らえば、楽しいことになりそうだ。そして、お前の大事なものをすべて奪ってやるよ。こいつのためにもな」

 その言葉を聞いて、俺は思わず走り出していた。

 自分でも信じられないくらい早く怪物に近づき、片腕のドラゴンに全力を注ぎこんで、奴の腹に重い一撃を叩きこむ。


 そして、俺と同じように壁に身体ごと叩きつけてやった。


「ほら、立てよ。これでおあいこだろ。俺は、お前も王太子も絶対に許さない」

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