第91話 死闘
怪物は苦しそうに息を荒げた。
確実にこちらの攻撃にダメージを受けているのがわかる。
攻撃が通用するなら、大丈夫だ。恐れるな。スーラと最初に出会った時は、もっと絶望的な状況だったんだ。
今はあのころに比べたら天国だ。だって、仲間がたくさんいる。国と対立しても、俺の味方をしてくれる家族だって恋人だっている。
ここで終わるわけにはいかない。俺が負けたら、一番大事な人たちが苦しむことになる。なら、負けるわけにはいかない。
皆が俺を助けてくれたんだ。今度は俺が皆を守る。
「調子に乗るなよ。ただの人間風情がァ。王族とこの最悪のダンジョンに巣くう悪意の象徴の融合体であるこの私が負けるわけがない」
反撃の拳がこちらを襲う。怪物の拳は、青いオーラをまとっていた。
一撃でもくらえば、身体が粉々になりかねない威力を持っているはずだ。
だが……
「力と悪意に満ちているだけで、お前には何もないんだな」
力いっぱいの攻撃はわかりやすいし読みやすい。知能が低い魔獣の突撃攻撃みたいなもんだ。
攻撃を楽々とかわして、今度は怪物の顔面を
「なぜだ、なぜ私の攻撃が通用しないっ!!」
どうやらまだわからないらしい。
「お前は、その身体の持ち主の王太子と同じなんだよ。王族やお前たちはその力を他人のために使えない。強い力は、誰かを守るために使うものなんだよ。でも、お前たちにはそんな簡単なことがわからない。力を自分のためだけにしか使わない。だから、平気で他人を傷つけるし、抑え込もうとする」
「それの何が悪いっ!! それが選ばれたものの特権だ」
「何で言ってもわからないんだ。そんなことだから、お前たちの国は滅ぶんだ」
お互いに力を込めた拳がぶつかり合う。
「はは、力勝負で俺が負けるわけがなかろう。ぬかったな、グレアっ」
一瞬だけ、怪物の口調が王太子のようになった。
俺が世界で一番嫌いな男の声に。
「軽いな」
王太子の存在を認識した瞬間、身体の力は一層強くなる。
「はァ? やせ我慢を。粉々になれ」
王太子は、いつもの人をバカにしたようなあの口調。
※
「グレア? わかるだろう。お前と俺を比べて、勝てるところがいくつあるんだ。ないよな。家柄・才能・財力……」
※
あの日、聞いた言葉が心をえぐる。
こんな奴に負けるわけにはいかない。
「軽いんだよ。誰も守ることができないお前が。力を自分のためにしか使うことができないお前たちが、本当に守りたい人たちがいる俺に勝てるわけがないだろ。いい加減にわかれよ。このくそ野郎」
俺の攻撃が、怪物と王子の右腕を粉砕する。
敵は何が起きたのかわからないような顔になって、そのあと強烈な痛みによって身体を振るわせて、もだえ苦しみ始めた。
同時に、ボールスと局長も決着がついたようだった。
ボールスの剣技が、
これで終わりだ。王族はほとんど捕縛した。近衛騎士団は壊滅。情報局も首領である局長が敗れたことで本当の意味で全滅だ。
あとは怪物を処分し、俺の元婚約者を逮捕すれば、すべて終わる。
そう思った瞬間、転移結晶の発動を感知した。
4名の人影が姿を現す。
「兄上、無事か」
「センパイ」
「「グレア様っ」」
オーラリアとナタリー、アカネとコウライだ。どうやら、援軍に来てくれたらしい。
「大丈夫だ。そして、もうすぐ終わるよ」
瀕死の局長が、援軍の中に自分の部下がいることに気づいたのだろう。
「コウライ……なぜおまえが」
どうやら、王国の暗部を担っていた老人は、ここですべてを悟ったらしい。かすれる声でつぶやきながら、屈辱に震えている。
「……」
侮蔑の色を隠さずに、コウライは局長を見つめた。
「お前が……協力者……すべて裏で……」
「ええ、そうですよ。あなたたちは身内に甘すぎた。でも、悪く思わないでください。だって、あなたたちはいつも言っていたじゃないですか。この国では、力こそがすべてだって。だから、この事実を認めてください。あなたたちは負けたのです。力こそ正義なら、あなたたちの考えはもう時代遅れなんですよ。最期にそれがわかっただけでも、よかったですね」
冷たく鋭利な言葉が投げつけられた。
死に逝く老人は、絶望を深めながら、コウライにすがる。
「ならば……どうして……いや、ここまでか」
いつもの威厳のある表情からは、想像できないほど苦悩し、そしてすべてを受け入れるように目を閉じて、動かなくなった。
俺たちは、怪物とソフィーの方向を見る。
「こんな異形になってしまったんだ。こんなところで終われるかあああぁぁぁぁぁああああああ」
怪物は、最後の力を解放した。
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