第33話 死者に捧げる言葉&王太子と父親
ドラゴンを倒した後、俺の左手の変化は光に包まれて消え去った。
光が天に向かい拡散する。その温かい光は、俺たちを
ドラゴンの攻撃で大やけどを負ったはずのマーリンも。
火炎攻撃で水分の大部分を失ったはずのスーラも。
吹き飛ばされて動けなくなっていたロッキーも。
その光に包まれて、動けるまで回復していた。
この不思議な光が奇跡を起こしているのなら、もしかしてと思い、俺は周囲を見回す。死者を生き返らせることができるのではないかと、少し期待していた。だが、肉体を完全に失った白い骨は、動くことはなかった。俺たちが
そして、もう一つの可能性が頭によぎって、俺はボールスに駆け寄った。
復讐を果たしたあいつが、満足して、ここから消えてしまうのではないかという不安だ。
「大丈夫か、ボールス」
焦った声を聴いて、俺が何を心配したのかすぐにわかったんだろう。
「ええ、大丈夫ですよ。グレア殿。まだ、消えるわけにはいきません。あなたが見せてくれる新世界を見るまではね」
顔を失ったはずの騎士は、笑っているように見えた。たぶん、すっきりした顔をしているんだと思う。
「ああ、見せてやるよ。この国を変えるところをさ。だから、それまで俺を支えてくれよ」
「御意でございます。主様」
本当の騎士のように、ひざまずいて俺に忠誠を誓うポーズをとるボールスに、気恥ずかしさを感じてしまう。いや、俺は王族でも
「どうする。昔の仲間たちの遺品が残っているかもしれない。探して、
「いえ、それには及びません。仲間が死んだのは、数十年も前の事ですし。もう、何も残っていないでしょう。残っていたとしても、安らかな眠りについている皆をそのままにしておきたいのです。無念は、あなたのおかげで晴らすことができたのですから」
「わかったよ」
少しだけ痛々しい覚悟を感じながら、俺は同意した。
「申し訳ございません。グレア殿。仲間たちとの最後の別れをしたいのです。少しだけ一人にしてくれませんか。1時間ほど……」
「ああ。時間が来たら、転移結晶で迎えに来るよ」
「かたじけない」
下の階に繋がる階段付近に、転移結晶を仕掛けて、俺たちは聖域に戻った。
大事な時間だ。男がこれまでのことにけじめをつけて、これからのことを始めるためには……
※
―ボールス視点―
新しい仲間たちは、俺をひとりにさせてくれた。ありがたいことだ。
緊張の糸がぷつりと切れて、身体は崩れ落ちる。
もうここには、俺と龍の死体しかない。すべてが終わった事実。そして、これからすべてがはじまるという事実を、仲間たちに教えなければいけない。
「皆、勝ったぞ。俺たちは、勝ったんだ」
誰もいないその場所には、俺の言葉が反響する。
この数十年間、ずっと生き地獄を味わってきた。どんなに自分の身体が傷つこうが、絶対に死ねない魂の
絶対にかなうはずのない希望を持ち続けて、仲間たちの
武闘家と酒場で語り合った記憶。
神官と子供たちが笑いあえる世界を作りたいという約束。
そして……
孤児だった俺たちはずっと一緒だった。自立した生活をするためには、冒険者しかできなかった。俺はあいつを守って、あいつも俺をずっと支えてくれていた。ずっと横にいてくれるはずだったのに……
「大好きだったよ、ミリア。ずっと言えなくて、ごめんな」
最後に会話した付近で、今は亡き最愛の人に別れを告げる。一緒にいることができる時間のうちに、
そして、いつの間にか約束の1時間は過ぎていたようだ。
「おーい、ボールス。迎えに来たぞ」
過去に囚われるのは、もう終わりだ。俺に……いや、俺たちだな。皆が繋いでくれた俺たちの命に、未来を見せる時間が来たんだ。
「じゃあ、行ってくるよ。もう少し、そっちで待っていてくれ。向こうに行ったら、良い知らせをするからさ」
そう言い残して、新しい
ここからが本当の戦いだ。
※
―王宮(王太子視点)―
「ということで、父上。ローザに俺の馬車を貸そうと思いますので、ご了承を」
玉座の前で、ローザにおねだりされたことをかなえるために、もっともらしいことをこじつけて説明した。いちおう、臣下への
「うむ、構わんだろう。皆の者、王太子とゆっくり話したいことがある。どうか、ふたりにしてくれ」
初老とは思えない力強い声だ。征服王。王太子時代には、20年戦争のイブグランド王国側総司令官として活躍して、戦争を勝利に導いた英雄は健在か。
「それで、父上。わざわざ人払いをして、何のご用ですか?」
「ふん。随分とやんちゃをしているようだな。ミザイル公爵の息子の婚約者を寝取って、自分の女にしたんだってな。あの婚約は、イブグランドとブーランの融和の象徴だったんだぞ。おかげで公爵グループは怪しい動きをして、ブーラン貴族共も不満をつのらせている。めんどうなことをしてくれたもんだ」
「……問題がありましたか?」
女好きな父上のことだ。次に何を言うのかすぐにわかった。
「構わん。若い時は、少々のやんちゃをしているくらいがちょうどよい。逆に、血は争えないと、我ながら思うよ。もし、奴らが反乱を起こそうものなら、我らも切り札を使うまでだ。そのために、情報局を使って、あそこに生贄を送り込んでいるのだからな。我らに歯向かうものは、死体も残さずに焼き尽くす」
かつての英雄は、血に飢えた獣のような笑いをもらす。
「
「ああ、そうだ。だが、少し間違っているぞ。あれは、王国の守護竜ではない。王族のための守護竜だ。やつの圧倒的な力を下々の者には使う必要はない。あいつが、我が国の武断政治を支えている最強の暴力装置だからな」
自分の父親ながら、おそろしいものを感じた。
戦場を生き抜いてきた将軍の顔になっていた。
「さすがです。父上」
この人には絶対に勝てないと思う。覇者としての威圧感をこちらにまで向けてくる。お前は、俺の所有物だ。そのことを忘れるなよ。表情はそう語っていた。
「そうそう。ミザイル公爵の一人息子が、しばらく行方不明らしいな。どうせ、お前が情報局と仕組んだんだろう? 一応、聞いておくが……
ちゃんと、処分はできているんだろうな? 証拠などを残して、私を失望させるなよ。お前には、期待しているんだ」
ものを見るような目で、父上はそう言った。
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