第32話 ドラゴン討伐&王太子の妹

 俺から出現した輝く竜は、敵に襲いかかる。突然現れた竜に、深紅の竜は驚き、動けなくなっていた。


 こちらの攻撃が、敵の翼を襲う。口を開いた竜は、敵の左の翼を切り裂いた。


「ごおおおぉぉぉぉおおおおおおお」と王国の守護竜は激痛による叫びをあげていた。これでもうあいつは、飛ぶことはできないはずだ。


『くっ、まさかここまで追い詰められるとは……後継者候補がなぜここにいる。普通の冒険者じゃあるまい?』

 さっきから意味の分からない単語が並んでいる。そもそも、俺は、自分自身がどういう状況かわからない。


「俺は、ミザイル公爵家次期当主、グレア・ミザイル。王族に裏切られて、ここに落とされた」


『……なるほど。適合者が偶然ここに落とされて、覚醒したということか。なんという奇跡だ。戦闘能力すら持っていなかったはずの元貴族が、生きてここまで来るとはな。それも一癖も二癖もあるモンスターたちを道中で仲間にするなど……お前はここで消さなければ、必ず将来邪魔になる』


「なんだよ」


『ん?」


「王太子といい、情報局員といい、お前といい……どうして、他人の命をそんなに粗末に扱えるんだ。どうして、自分以外の存在を大事にできないんだよ。そんなことをしているから、この国は腐っているんだよ」


『だが、余がいなければ、お前たちの国は戦争に負けていた。余がいるからこそ、この国は秩序を保っている。余は、この国の王族と契約したのだ。このダンジョンを好きにしていい。定期的に孤児や冒険者などの生贄を送る。だから、王国に害をなす者からこの国を守ってほしいとな』


「守る? お前がこの国を守っている。笑わせるな。罪のない存在が苦しむこの国の状況があるのに、お前は誰を守っているんだよ。国を守るというのは、そこに住む民を守るって言うことだろう。お前たちがやっているのは、王族という人間たちの利益しか守っていないんだ。それで、国を守るだと。笑わせるなよ」


『ふん。王族の奴らは、自分たちを国の脳だと思っているぞ。自分たちが生き延びれば、たとえ国民が何人死のうと、関係ないとな。何よりも優先するべきなのは、自分たちの利益だとな』


「だから、腐っているんだよ。俺が、こんな腐った国、変えてやる」


『ほざけ。お前はここで死ぬのだ。見てぬ夢を見て、絶望に染まって消えろ。負け犬のお前にはそれがふさわしい』

 再び巨大な火炎がこちらに向けられて放たれる。左手がそれを飲み込んだ。


『余の火炎を2度も防いだ、だと!? ありえない。こんなこと、初めてだ』

 自分の自慢の攻撃が、無効化されたことで、少しずつナルシスト気味な深紅の竜の心は乱れ始めていた。ひ弱な俺に対して、毒の爪攻撃も火炎もムダであり、空中に逃げることもできなくなっている。ここまで、完全に追い詰められたことは、なかったのかもしれない。このフロアは、人のものだと思われる白骨が周辺に散乱していた。おそらく、こいつによる犠牲者の遺体だろう。ボールスの仲間たちのものも近くにあるのかもしれない。


「火炎って言うのは、こうやるんだよ」

 思わず口からこぼれ落ちた言葉に驚きながら、左腕から勝手に巨大な火炎が発射される。深紅の竜から放たれた火球の2倍の大きさはある攻撃が、竜を焼いた。


 自分が焼かれたのは初めてだったんだろう。激痛によってもだえ苦しむ。焦げた身体となった竜は、息を荒くしている。虫の息となっている。


『ま、待て。話をしないか……お前たちの強さはよくわかった。認めよう。よければ、仲間になってやってもいい。余を仲間にすれば、お前たちが恨んでいる王国に復讐ふくしゅうだって簡単だろう。お前を王にしてやるのを手伝ってやってもいい』


「……」

 さきほどまでの自信はどこに行ったのだろうか。完全に心が折れているようだ。

 だが、今まで自分を信じ切っていたドラゴンは、命いをしているにもかかわらず、なぜか高圧的だった。その様子が記憶の中の王太子と一致する。


『そうだ。そこら辺に転がっている冒険者の遺品も好きに持って行っていいぞ。余には価値がわからないが、ここまで来ることができた人間の持ち物だったものだ。かなりの価値があるじゃろう。嬉しいだろう?』

 何が嬉しいだ。お前は、やっぱり嫌いだ。

 命の尊厳がわからない……わかろうともしない奴なんて……


「ボールス、後は任せたよ」

 俺は力なくそう言う。首をゆっくりと動かした騎士は、動けなくなった竜に向かって突進していく。万感の思いをこめて、竜はボールスと同じように首を失った。


『待て』と言おうとしていたドラゴンの首はゆっくりと落下していく。数十年、こいつによって苦しみ続けていた剣士の復讐はこうして終わりを告げた。すべてを終えたボールスは、こちらに振り返ろうとしないで、俺たちに背中を向けたまま、ひとりで虚空こくうながめていた。


 それは、まるで泣いているかのように、俺には思えた。


 ※


―王宮(王太子視点)―


「兄上!!」

 自室でウトウトしていると、妹のローザがやってきた。昨夜は、女の家に泊まったから、寝不足だ。


「どうしたんだい、ローザ?」

 なるべく、神経がいら立っていることを隠すように答える。ローザは、俺にとって最愛の妹だ。異母弟たちが、俺の失脚を望んでいる敵だらけのなかで、同じ母を持つローザだけは安心できる存在だった。


「あれ、また女遊びして、朝帰りだったんですか? 目のクマひどいですよ。まったく、どうせあとで捨てる女に希望を持たせに行ったんでしょ。もしかしたら、自分は将来の国母になれるかもしれないっていう希望を持った女が、夢破れる瞬間っておもしろいのはわかるけど、敵ばっかり作っちゃダメだよ」


「ふん。まぁ、面白い女がいるんだよ」


「ああ、あのソフィーって人でしょ? たしか、ミザイル公爵家のグレアから寝取った女。あいつ、婚約者を寝取られて絶望して行方不明って悲惨だよねぇ。ああ、よかった。私たちは王族で。下々の人間は、私たちが王族だから、何をされても文句言えないもんね。しょせん、公爵家と言っても、臣下なのよねぇ。すごいな、兄上。わからせちゃったんだ。それで、あの優等生のソフィーを篭絡ろうらくして、どんなふうに捨てるの?」


「さあな」

 そういうと、俺たちは笑いあった。


「それで何の用だ?」

 普通なら、ローザは夜に遊びに来ることが多い。だが、今日はまだ昼だ。

 こういう時は、なにかお願いされることが多い。


「バレちゃった? 実は、学校だるいから、ちょっと旅行でも行こうかなって。王太子様、専用馬車借りちゃダメかな?」


「あれは、俺の公務専用だぞ。まぁ、可愛い妹の頼みだ。手続きはしてやるよ。それでどこに行くつもりだ。どこかの直轄地か?」


「うん、そんなところだよ。ノランディ離宮に行って涼んで来ようかなって。この時期ならあの地方の海も綺麗でしょ!!」

 妹が向かおうとしていた場所は、奇しくも、グレアが死んだあのダンジョンの近くだった。

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