第31話 公爵覚醒&真実に迫る仮説

 太陽の魔石によって、俺は光に包まれる。

 何だこの感覚。


『まさか、いや……ありえないっ。どうやって、それを見つけたんだ。そして、それは真実の後継者しか使えないはず……ありえないっ』

 深紅の巨竜は、明らかに動揺していた。俺たちが偶然見つけた魔石は、なにか重要なアイテムだったのだろうか。


 身体は徐々に熱くなる。優しいぬくもりだった。安心するような、温度。小さいころに死んだ母のことを思い出した。まるで、母体の中にいるような……


 明らかに異変を起こした俺のためにロッキーは、分身を作り出して、護衛してくれた。


『そんなバカな。覚醒するのかっ!? それを許せば、この国はひっくり返る。余と人間の王が作り出したこの秩序が……そんなことはさせるわけにはいかない。真実の後継者を誕生させるわけには……』

 竜の巨体は、ボールスの身体を安々と弾き飛ばして、こちらに向かってきた。風圧で、ロッキー本体を吹き飛ばし、分身たちも四散させていく。俺を守る盾が消滅したことで、ドラゴンは一気に俺との距離を詰めていく。


 逃げることはしなかった。ドラゴンの勢いが早すぎて、動けなかったというのもある。だが、逃げる必要性を感じなかったことが大きい。


 俺の左腕は、空中を舞った。鋭い竜の爪によって、切り裂かれたのだろう。痛みはなかった。


『これでお前は死ぬ。余の爪には、強力な毒が仕込まれている。人間など数分で死に至るほどのな。たとえ、ここを逃げることができても無駄だ。最高位の神官クラスでなければ解毒はできまい。お前は後継者になれない。ここで死ねっ!!』

 その侮蔑ぶべつの言葉を聞きながら、このダンジョンに落とされた時の会話を思い出す。


 ※


「どんなに大貴族と言われようとも、お前はしょせん臣下なんだよ。よくわかっただろう? ソフィーは俺の女だ。お前は潔く負けを認めて身を引きやがれ」


「言いたいことはわかる。だが、王室がそれを否定したのだ。この国では、それは悪となる。お前は婚約者に暴力を振るっていた愚かな公爵家の長男で、王太子殿下は悪魔のようなお前から女性を救った正義の人。それが正史となる。歴史は、常に力を持った者にしか微笑ほほえまない。グレア、お前にはその力がない」


 ※


 王太子とバランドの言葉を……

 あの時の俺は力がなかった。自分自身を守る力もなかった。でも、今は違う。仲間がいる。仲間たちは、非力な俺をずっと守って戦ってくれていた。だから、今度は俺の番だ。


 俺は、王国と戦う決心をした。イブグランド王国には巨大な軍隊と、冷徹な情報局、そして、そいつらと協力しているこのドラゴンと。この目の前の深紅の竜は越えなければいけない壁の一つ。ただの通過点でしかない。


 こいつを倒せないようじゃ家族や後輩、大事な仲間たちを守れるわけがない。いつまで守られる側にいるつもりだ。これじゃあ、このダンジョンに来る前の自分と変わらないじゃないか。


 血を流し続ける左肩を俺はゆっくりと抑える。少しずつ意識が曖昧あいまいになっていく。だが、願いは強くなっていく。


『なぜ、倒れない!! どうやって、身体をたもっているんだ。まさか、完全に力を掌握しょうあくしたのか。お前のような無力な男に、どこにそんな力があるんだ。始祖アンセスターたちの力を……』

 

「難しいことはわからねぇよ。でも、ひとつだけわかっているんだ。王国の悪政の根幹であるお前を倒したい」

 王国はこいつと契約することで、20年戦争においてブーラン王国に勝利した。そして、その力を貸してもらうために、王国は秘密裏にこいつのために生贄いけにえを捧げてきた。おそらく、冒険者をけしかけてこちらに向かわせて、犠牲にしたり……俺のように不都合な真実を知った人間を粛清するために……


小癪こしゃくな……この死にぞこないがァ』

 巨大な火炎がこちらに向けられる。眼前にあった巨大な岩も溶けてしまうほどの高温がこちらに向けられていく。


 失ったはずの左腕が熱い。まるで、別の生き物のようにうずき、うごめいていく。なにかが左腕から飛び出してくる。そして、そのなにかは眼前に迫っていた巨大な火炎に対して向かっていく。


 火球は爆発したかのように四散した。

 俺の左腕からは、長い蛇のような竜が生えていた。金色に輝く左腕の竜は、俺の意思と連動して、深紅の竜へ攻撃を開始した。


 ※


―王都(ナタリー視点)―


「これはあくまで仮説ですが……ノランディ地方が変なんですよ」

 公爵様にうながされて、私は話を続ける。


「ノランディ地方。たしか、王族の直轄地だな。王都から北西にある領地。たしかに方角は一致するが……変とは?」


「ここ1カ月程度で急に行方不明者が増えています。商人グループ、ベテランB級冒険者パーティー、騎士団員。通常なら月に1件程度しか行方不明者は発生していないのに……あの地方は、王族の直轄地なので、強力な軍隊が駐留しています。州都にある冒険者ギルドは、支部の中でも有数の規模を持っていますし」


「なるほど、確かに妙だな」

 私は、この情報を新聞を読むことで気づくことができた。通常とは違うことが起きている場合、そこに何かがあるはず。


「あの地域は、山脈などはほとんどなく、自然の驚異による行方不明者はほとんどでません。平地と森がほとんどですからね。冒険者と軍隊によるモンスター狩りもしっかり行われているので、モンスターの大量発生の可能性もほとんどないはずなんです」

 そして、私は取り寄せたノランディ地方の新聞を公爵様に手渡す。


「これは……」


 そこには、本来その地方にいるはずがない凶悪なモンスターである魔獣たちの目撃情報と討伐クエストの募集に対する記事だ。


「あの地方の生態系がなぜか乱れているんですよ。王の直轄地である地方は優先的にモンスター駆除が行われるにも関わらず、です。つまり、凶悪な魔獣たちは自然的にその地方で発生したわけではなく、どこか別の場所から移動してきたと考えるべきではないでしょうか?」


「まさか……」

 私は事前に用意していたノランディ地方の地図を開いて渡す。行方不明者が発生したと思われる場所と、魔獣の目撃情報があった場所にバツ印をつけておいた。


 そして、そのバツ印の線を結ぶと、ある場所が浮かび上がる。


「ここです。先輩がいるかどうかはまだわかりませんが……この中できっと何かが起きています」


 私が赤いインクで丸をつけた場所を見て、閣下はひどく顔を渋らせる。それもそうだろう。ここは、最悪の場所。何人もの最上級冒険者をほふって来た最悪のダンジョン。


死の迷宮ラビリンスだと……」

 先輩の父親は、手で目を抑える。悲痛な所作しょさ。私だって、この場所が怪しいと分かった時、絶望した。もう、センパイは生きてはいないだろうと直感的にわかってしまったから。昨日の夜。すべてのピースを集めた後、私は部屋で泣き崩れた。もう、大好きな人に会えないという残酷で冷たい事実を突きつけられてしまったから。


 でも、最初に思いついた私の考えは、ひとつの事実によって打ち消された。

 センパイが何もできずに、死んでしまったなら、どうして怪物たちがダンジョンの外に出てきているのだろう。魔獣たちに殺されてしまったなら、死の迷宮のモンスターが外に出てくる必要はない。


「安心してください、センパイは生きている可能性の方が高いです」


「なんだと……なぜ、それがわかるんだ」


「魔物たちがダンジョンの外に出ているからです。あえて、住処としている洞窟内をモンスターたちは捨てている。これは、ダンジョン内で何か異変が起きていることを示しているのではないでしょうか? 例えば、強力な捕食者が急に現れて、狩られる側の魔物たちが逃げているとか……」


「何が言いたいんだ?」


「私はこう思っているんです。荒唐無稽こうとうむけいかもしれませんが……ダンジョン内で、先輩はモンスターを倒しているのではないでしょうか。あまりの強さに、ダンジョン内のモンスターたちは住処を捨てて、センパイから逃げている。そうじゃなければ、センパイが消えた1か月前からモンスターの生態系が崩れるなんておかしいです。ノランディ地方の冒険者ギルドに調査を依頼してください!!」

 客観的に見れば、無茶苦茶かもしれない。でも、私たちはかすかな希望にかける。公爵様は、ゆっくりと首を縦に振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る