第4話 スライムと始めるダンジョン生活

 俺はスライムの体に乗せられて、湧水が出ている部屋に連れてこられた。思った以上の水の量だ。これならとりあえず水に困らないだろう。簡単な火炎魔力も使えるから、念のため煮沸しゃふつ消毒して飲料用にもできる。袋の中にあった食料は、干し肉や黒パン、ピクルスなど保存食中心で、水筒もあった。


 最低限のサバイバル生活はできそうだな。運がいいことに、俺の趣味は乗馬と狩りだ。だから、ある程度のアウトドア知識はある。


 スライムに案内してもらえれば、おそらく地上に帰ることもできると思う。だが、危険だ。王太子と情報局のことだ。きっと、ダンジョンの出口に監視員くらい配置しているだろう。こいつの力を借りて、ザコくらいは倒せるだろうけど、その後が問題だ。あいつらの話を聞く限り、俺は反逆者扱いされている。それもモンスターを手なづけていると言われれば、一躍危険人物。国中が敵となるかもしれない。


 それだと生きていけない。


「くそ、困ったな」


『どうしたんだい?』

 グリーンスライムは愛嬌あいきょうある声で、話しかけてきた。身体がぽわぽわ動いて、ちょっとおもしろい。


「さっきも話しただろ。俺はここしか生きて行けそうにもないんだよ。でもな、持っている食事にも限りがある。どうにかしなくちゃいけない。お前、食事とかどうしてるんだ?」


『ボクは基本的に水があれば、生きていけるんだよね』

 そいつは、ずいぶんと便利なことだな。


「なぁ、ここら辺のモンスターは、お前の上にのっていた俺を襲ってこなかったよな。あれはどうしてだ?」


『それは、ボクに勝てないからだろうね。ボクは地下1階から4階くらまいでのモンスターなら負けないからね』

 スライムと聞けば、弱いと思う奴が多いだろう。普通の大きさのスライムなら、棒のようなものでも十分撃退できる。


 でも、ここまで大きなスライムだと話は別だ。倒すためには、おそらく強力な魔法使いが数人必要になる。モンスターの大部分は物理攻撃を得意とする。だから、物理攻撃が無効化されるグリーンスライムは天敵なんだろう。


 そんな怪物と早々に遭遇そうぐうして、友達になった俺は幸運なのか不幸なのかわからない。いや、そもそも幸運だったら、こんな死の迷宮ラビリンスに落とされてないな。


『そっか。人間は生きていくのが大変だもんね。そうだ、あそこに行ってみようか? ボクにはいまいちよくわからないけど、人間たちはあそこに行くと喜んでいるから』


「あそこって?」


『なんかすごいとこ!』

 おいっ!とツッコミを入れて笑った。スライムもケタケタテレパシーで笑っているのが伝わる。こいつ初対面の時の印象は、死神みたいな感じだったのに、なごんだらかわいいやつだな。


「わかった。とりあえず、そこに連れて行ってくれ」


 ※


 俺たちが拠点とする部屋からすぐ近くにスライムが言うところの"なんかすごいとこ!"はあった。


「なんだよ、すごいところってただの通路じゃん」

 何の変哲もない狭い通路。松明の灯りだけが照らされている土の壁が続いている。


『グレア、そこの岩を触ってみて!』

 俺はスライムの上から下りて、言われるままに岩を触る。そうすると、鈍い音を鳴り響かせながら、土の壁の一部が動いていく。


「隠し部屋かっ!?」

 壁の中の部屋は、魔力による灯りがともされていて、とても明るかった。中には大量の光輝く金銀と宝箱が複数見える。野心に満ちた冒険者なら喜んで部屋に突入するだろうな。


『気を付けてね。ここはトラップだらけだし、宝箱の半分は偽装怪物ミミックだからね。無警戒で走り出したら、すぐに床にある毒の矢の罠やとげで死んじゃうみたい。それを切り抜けても、偽装怪物ミミックにやられちゃう』

 えげつない罠部屋トラップルームだな。


「でも、判別魔力で宝箱を判別できるだろう?」


『う~ん、よくわからないけど、ここ、魔力無効化エリアってところらしいよ。人間たちが死ぬ前に叫んでた』

 完全に殺しに来てるだろ、それ。魔力による治療も判別も罠回避もできないって。


「そんな歴戦の冒険者たちが非業の死を遂げるいわくつきの部屋で、俺みたいなシロウトに何ができるんだよ」

 絶対、あの宝箱の中にはすごいものが入っているのはよくわかるけど。さすがに、それを取りに行く勇気は俺にはない。


『大丈夫だよ。僕が取りに行ってあげる』

 スライムはそういうとズルズルと部屋に入っていく。


「お、おい。待って……えっ!?」

 スライムが動くたびに、罠が発動するが……


 壁から発射された毒の矢は、スライムの身体に到達すると一瞬で溶けてしまった。

 突然、床から現れた棘の地面は、押しつぶされて溶かされる。

 物理攻撃と毒が完全に無力化されている。グリーンスライムの能力を生かして、最悪の部屋の罠をすべて無力化していってしまった。


 その様子を見たら偽装怪物ミミックは驚いて、自分から正体をばらしてしまう。


『ミア、ミア、ミミア!?(訳:なんだあの怪物は!?)』

『ミーア(訳:でたらめすぎる)』

『ミッミア???(訳:まさか、数百年間守り続けた宝がついに陥落するのか???)』

『ミアアアアアっ!!(訳:俺が食い殺してやる)』

『ミアっミア(訳:早まるな、ミミーラっ!)』


 やっぱり、俺はスライムの言葉だけじゃなく、偽装怪物ミミックたちの声までわかってしまった。血気盛んの偽装怪物ミミック族のミミーラは果敢かかんにスライムに襲いかかろうとするも、自慢の牙と舌を活用する前に、緑の壁に弾き飛ばされて、溶けてしまった。


 その様子を見て、偽装怪物ミミックたちは一目散に部屋の隅に移動して、『助けてくれっ』と震えている。本当の宝箱は5つだったみたいだな。スライムは身体を器用に使ってそれを身体にのせて俺の元に戻ってくる。


『はい、取って来たよ!!』

 数百年、偽装怪物ミミック族に守られ続けた宝は、ものの数分で俺の元にやってきた。すさまじい理不尽を見てしまったな、これ……


 ※


―王都(後輩ナタリー視点)―


「センパイ、どこに行っちゃったのよ……」

 グレア先輩と小川で別れた後、彼は行方不明になった。

 あの日、センパイは婚約者のソフィーさんに会いに行くと言っていた。つまり、そこで何かがあったということ。


 私はありとあらゆる手段を使って、センパイの行方を追った。

 数人の学生が、女子寮から担架で運ばれてくる彼を目撃していた。その日の夜、王都の出入口では、滅多に表に姿を現さない情報局のバランド局長の姿が目撃されている。そして、王太子とソフィーさんの不義の噂……


 一番嫌な考えが頭に浮かぶ。


 王太子とソフィーはセンパイを裏切って浮気していた。その現場を目撃した先輩と王太子は乱闘騒ぎもしくは決闘を行い、グレア先輩が傷ついた。このまま表沙汰おもてざたになって、自分の威信が傷つけられることを恐れた王太子は、非合法の方法を使ってでも王室への脅威を取り除くことを是とする情報局に後始末を命令して、彼が失踪した。


「許せないっ!」

 推論の結末を考えた後、私は自室を出て、同じ寮のソフィーさんの部屋に走る。

 すべてを明らかにするために。

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