第93話 最下層へ

―ナタリー視点―


 怪物の攻撃によって、私たちの足元は崩落した。いや、足元だけではない。激しい攻撃のせいで、下の階層のそれまで穴が開いていた。


 身体に伝わる心地悪い浮遊感。一瞬、頭がパニックになりかけるが、私はすぐに冷静な判断を迫られる。崩落に伴い発生した塊が頭にでも当たればすぐに致命傷になる。さらに、このまま床に叩きつけられれば、命はない。


 センパイが必死に守った大事な仲間たちが全滅する。

 そんなことは許されない。


「マーリンさん。魔力で、皆を守ります。協力してください」

 私は少しくらいの魔力の心得がある。本業のマーリンさんと比べると弱いけど、岩から守ることくらいはできる。


「了解」

 彼はすぐに、対応してくれた。正確な魔力攻撃で、私たちに降り注ぐ危険物を除去していく。


 これで目の前の脅威は、なんとかなりそうね。問題は、落下の衝撃をどうするか。スーラさんの身体をクッションにする? だめね、その程度の弾力では、身体を守り切ることはできないはず。


 落下寸前で強力な魔力を床にぶつける?

 それも不確定すぎる。


 ダメだ。どうすることもできない。思考がまとまらないまま、落下を止めることはできない。


「もうダメかもしれない」

 一瞬、弱音を吐いた時、先に落下していた先輩の身体が輝いた。


「えっ?」

 完全に意識を失っているはずの彼から強力な魔力を感じる。

 彼の背中からは巨大な白き翼が顕現けんげんしていた。


 そこから発生した魔力が私たちの身体を包み込む。優しい温かさを持った安心する光。まるで、彼に包まれたかのような……


 私たちの落下速度がゆっくりになっていく。

 天使の羽に包まれて、ダンジョンの最下層まで着地した。


「ここは、まさか……ダンジョンの最下層か」

 いつもは冷静なボールスさんが興奮気味に話す。


 太陽の魔石が、周囲を照らした。どうやら、ソフィーさんも無事に着地できたようだ。おそらく、グレア先輩が無意識で助けたんだろう。


 私もここがダンジョンの最下層だと直感的にわかった。そこまで広くないフロアが一つだけあるだけ。奥に小部屋のようなものが見える。


 そして、フロアの壁には……

 壁画がびっしりと描かれている。


 きっと歴史だ。


 たまたま、壁に近い場所に落下していたソフィーさんは、すぐにこの壁画の意味に気づいたのだろう。


「海賊。黒魔術。呪い。イブグランド人は、侵略者。簒奪者さんだつしゃ。私たちの後継者が、必ず現れる。真実の後継者が出現し、この歴史を見つけてくれるだろう。そして、この真実が明らかになれば、世界はひっくり返る……じゃあ、私がしたことは……」

 断片的な真実が、彼女から伝わってくる。


 残酷な真実だろう。すでに地上では、ブーラン貴族派が王党派を打倒した。

 彼女が下手に動いたことで、逆に自分が裏切り者になってしまったのだから。


 そして、この歴史の真実だ。

 まだ、イブグランド王族に信頼を寄せる人間はいるだろう。内戦が完全に終わるには時間がかかる。でも、この真実が公表されてしまえば、イブグランド王国の正当性自体が崩壊する。国家の正当性という最後の切り札すら失えば、王族という柱を失った自派閥の完全な崩壊を意味している。


 膝から崩れ落ちるかつて、姉のように慕っていた女性に向かって、自分は恐ろしいほど冷たい目線を送っていた。戦いに敗れて、ボロボロになった王太子が獣のような声をあげて、立ち上がった。


――――――――――


ステータス


王太子(怪物化後)

イブグランド王国次期国王だった男のなれの果て。

英雄と呼ばれた父親には劣るものの、優れた才覚を持っていたが、死の迷宮に巣くっていた死者たちの残留思念のような悪意に憑依ひょういされる形で巨大な力を手に入れた。しかし、妹が敵役グレアに篭絡された絶望とソフィーの裏切り、強烈な悪意に飲まれて、元の人格はほとんど喪失している。

死者たちの恐怖の対象が守護竜だったことで、は虫類のような羽や肌、尻尾などを有しており、人間とドラゴンのキメラような姿になっている。力と魔力を強めたことで身体は限界に達しており、著しく知能が落ちている。その代わり強力な再生能力等を有している。

グレアとの勝負に敗れたことや王国の崩壊という事実により、残留思念たちの力が徐々に弱まり、王太子の元の人格が表に出つつある。


(能力)左:現在/右:ポテンシャル

政治:9

武力:120

統率:5

魔力:120

知略:25

魅力:29

義理:5


(適正)

剣:S

騎:E

弓:E

魔:S

内政:E

外交:E

謀略:E

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