第58話 家族

「一生後悔するところだった」という父上の言葉が胸から離れない。

 たくさん話したいことはあるはずなのに、言葉は続かなかった。

 俺は最低限の情報をみんなに伝えた。王太子とソフィーの浮気現場を目撃して、情報局に誘拐されたこと。死の迷宮ラビリンスに落とされて、そこでスーラと出会ったこと。スーラが罠を潰してくれたことで、ダンジョンの宝を有効活用できることになったこと。マーリンやボールス、ロッキーと出会った経緯。そして、王国の守護竜と呼ばれる深紅のドラゴンを討伐したこと……


 最低限とは言いつつも、情報量は多かった。自分でもこんな大冒険をしているなんて思わなかった。ずっと夢中で生きることしか考えなかったから。


 今後の交渉材料として、ローザ王女を死の迷宮ラビリンスに監禁していることも……


 王国政府に宣戦布告をするような守護竜と王女の件を話した時は正直怖かった。俺のせいで公爵家は取り潰されるかもしれない。そんな恐怖によって手が震えていた。


 そんな俺を、オーラリアは、涙を流しながら俺と抱擁ほうようする。昔と変わらない家族のぬくもりが心をさぶった。留学先から慌てて帰還させてしまったことを詫びると……


「バカなことを言うな。兄さんの一大事に、駆け付けなければ、それこそ一生後悔するところだぞ。留学なんてどうでもいいんだ。向こうでは兄さんを助けるために、知識を身に着けたんだからな。その一番大事な兄さんを助けることができなかったら意味なんてなくなってしまう」

 俺の胸を強く叩きながら、弟は笑った。


「無事でよかった。本当に……本当に……」

 いつもは完璧超人な弟は、子供のころに戻ったように笑っていた。

 弟とは血がつながっていない。でも、こいつのことを他人だと思ったことは一度もない。たとえ、血縁関係はなくても、俺たちは本当の兄弟以上に兄弟だ。


 俺は公爵家を弟が継いだ方がいいと思うし、弟は逆のことを考えている。


「兄さん、ヴォルフスブルクのワインを土産に持ってきたんだ。新しい仲間のことも紹介してくれよ。兄さんを助けてくれたなら、魔物でも家族に違いない。俺は、新しい家族に感謝したいんだ。大切な兄をずっと守ってくれてありがとうってさ」

 父上もオーラリアもナタリーも今の自分たちの状況は、俺に伝えようとはしなかった。たぶん、今は再会を純粋に喜びたいということだろう。だが、普通に考えれば、ここに一堂いちどうかいしているのはおかしい。農務卿としての仕事もある。ナタリーは学業もある。そもそも、公爵家という小国に匹敵する権限を持つ貴族が、こんなふうに王都でもなければ領地でもない場所にとどまっていることが異常だ。


 俺の件に情報局が関与していたことも考えれば、そもそも皆がこんなに死の迷宮ラビリンスに近づけるわけがない。


 宿の一室を借り切って、行われた酒宴の合間に、俺は側近のアカネに目配せして、部屋の外へとうながした。スーラやボールス、マーリンは楽しそうに家族と会話していたし、ロッキーはナタリーの膝の上にのって、それを楽しそうに見つめていた。


 怪しまれないようにふたりだけで宿の外にでた。こういう時のアカネを俺は一番信頼している。


「どうされましたか、グレア様」


「アカネ。端的に答えてくれ。父上とナタリーは今どうなっている?」

 短く回答を求めると、彼女は察してくれたようだ。夜風に黒髪がひらひらと揺れている。


「それは立場が……ということですよね」


「ああ」


「口止めはされていたんですが……あなたが行方不明になってから、情報局による監視が続き、それは領地に戻る申請すら却下されるほど厳重なものでした。しかし、各種証言や魔獣の大量出現などの情報をナタリー様が分析し、この地方に何かがある。死の迷宮ラビリンスにもしかしたらあなたは追放されているのかもしれないとわかったんです。その一縷いちるの望みをかけて、私たちはここまで来たんです」


「監視していた情報局が、それを許すわけないじゃないか」


「はい、我々は王都を脱出する際に、バランド局長を含む情報局と交戦。実力を持って排除しております」


「それは……俺のために立場を投げ打ってくれたということか? みんな、俺のために……生きているかもわからない俺のために……反逆者になったということか?」


「王国政府は、その事実を隠しているようですが、王都で大規模な戦闘行為が行われたことや公爵様が行方不明になったという事実はいつまでも隠ぺいできないでしょうね」


 その言葉を聞いて、俺は崩れ落ちそうになる。俺は貴族としては平凡だった。たぶん、家を継いでも維持するのが精いっぱいで……でも、父上やオーラリア、ナタリーは違う。将来を嘱望しょくぼうされていたのに。


「俺のせいで……」

 ダンジョンへ追放された時以上の絶望感が心をむしばもうとしていた瞬間。


「違いますよ」

 幼馴染の後輩は、息を切らせながら、俺たちを追いかけてきていた。

 それはすがるような表情にも見えた。ナタリーのそんな顔は見たこともない。


「だってさ」


「違います。私たちは……反逆者になるよりも、あなたを失う方が怖かったんですよっ!! だから、その続きは――言わせませんっ」

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