第77話 すべての兵士に告ぐ

「この戦場にいるすべての兵士に告ぐ。これ以上の流血は無用だ。すべての王国民を裏切っていた王族と近衛騎士団、情報局のために、尽くすべき忠誠などこの世には存在しない。今までの王族たちの国家への裏切りは、歴史上のどんな暴君よりも悪質だと気づくだろう。だから、すべての兵士はほんの少しだけ手を止めて欲しい。私を信じるか、腐敗した王族たちを信じるか。すべてを聞いたうえで、諸君たちには判断してほしい」

 父上は、いつになく本気の政治家の顔になっていた。深いしわと燃えたぎるような強い視線。兵士たちも、いつのまにか戦闘をやめて、言葉を待っていた。


「私は立った。それは、正義のためだ。我が息子であるグレアは、王族と情報局によって拉致されて、裁判もなく、死の迷宮に追放された。奇跡的にグレアは生存したが、同じような私刑によって命を奪われた者は数多く存在する。王族が、ただ気に入らなかった。それだけの理由で、罪のない人間が残酷で恐怖を味わされながら死んでいる。その事実は、国家全ての腐敗の象徴と言えるだろう」

 近衛騎士団員は、その説明にぼう然とした顔になっていた。正義に燃えて、近衛騎士団を目指す者も多い。だから、上層部と暗部の行為を許せないと思う団員も多いはずだ。


『嘘だ。どこにそんな証拠がある。皆信じるな。公爵は、自らの野心のために、国王陛下を暗殺しようとしている奸臣。私たちを疑心暗鬼ぎしんあんきにさせようとしているっ!!』

 騎士団の幹部だろう。必死に部下たちを説得しようとしていた。


「もちろん、証拠もなしでは、諸君たちの信用を勝ち取ることはできない。よって、ここに証人を用意している。こちらへ、殿下……」

 父上はいったん場を離れて、ひとりの女性を前に立たせた。


『ローザ王女殿下っ!?』

『ローザ様は、行方不明になっていたはず……』

『まさか、敵に……』


 兵士たち以上に、ショックを受けていたのは国王だろう。

 娘が敵と協力している。普段の彼なら一笑に付していただろうが。今ではすべてを失いかけている状況だ。


「ローザ……まさか、お前も私を裏切るのか……」

 憐れな老英雄は、震えていた。絶対に見ることができないと思っていた涙すら浮かべていた。


『皆さん、私は王族とさきほどの公爵様の発言を……認めます。我ら王族は、死の迷宮に邪魔者を秘密裏に送り込んで粛清していました。私も何人も気に入らないメイドたちを……』

 泣き崩れるような演技をしている。ローザは正常な判断能力を失っている。だから、俺たちが用意した台本通りに動いてくれる。王族の中でも王太子の実の妹が証言に立ったという事実は重い。


『嘘だろ』

『俺たちは、ずっと腐敗した王族のために働いていたのか』

『王族って、いったいどうなっているんだ』


 父上が再び続ける。


「さらに、もうひとつの事実を告げなくてはいけないだろう。死の迷宮には、王族が守護竜と呼ぶ存在がいた。守護竜は、20年戦争を勝利に導いた存在だ。秘密裏に隠されていたが……しかし、王族はその切り札を飼いならすために、悪魔に魂を売っていたのだ。彼らは、王国のためにモンスターたちと戦ってくれていた冒険者たちや孤児を生贄いけにえとしてドラゴンに差し出していたのだ」

 自分たちのために戦ってくれた恩人や親がいないだけで足がつきにくく行方不明になっても誰も気に留めない弱い存在を斬り捨てていた。兵士たちは、ぼう然として立ち尽くしてしまう。


「王族たちは、今回、我が公爵領に守護竜を遣わして、すべてを焼き払おうともしていた。だが、我が息子グレアとその仲間たちによって、守護竜は討伐された。王族が本来守るべき者たちを使って、肥えさせていた邪龍はもうどこにも存在しない!! 国家腐敗の象徴である邪龍が討伐された今、国を我らの元に取り戻す時がやってきたのだ」

 父上は、一瞬、親の顔になっていた。

「(よくやったな、グレア)」と無言の笑顔で褒めてくれているように見える。


「そして、最後にもうひとつ重要なことを皆に伝えなくてはいけない。我が次男・オーラリア=ミザイルのことだ。ただし、これについては私ではなくノランディ地方ギルド協会支部長であるマリーダ氏の口から語っていただきたいと思う」

 俺もここでマリーダさんが出てくることが意外だった。

 父とマリーダさんにどんなつながりがあるのか。皆目かいもく、見当もつかない。


「ご紹介いただいたノランディ地方ギルド協会支部長マリーダです。ただし、この場ではこの名前ではなくもうひとつ……私が過去に捨てた名前で立たなくてはいけないのでしょう。私はかつてノランディ公マリアダ・ジ・ブーランと呼ばれていた旧・ブーラン王族です」


 わっと、声が響く。20年戦争のあと、旧ブーラン王族は徹底的に処刑された。だから、それが生きているなんて思わなかった。


『ブーラン王国の妖精姫か!?』

『当時のブーラン王国王位継承順位3位の大物だ』

『ということ……』


「お気づきの人も多いと思います。その通りです。私はブーラン王国の意思を継ぐもの。兄やその子供たちが殺された今では、私が旧・ブーラン王家の現当主です。そして、ミザイル公爵家の養子となったオーラリア=ミザイルは、我が実子です。彼が次期ブーラン王家の後継者なのです。かつての王国の貴族たちよ。私たちはあなたたちを守ることができませんでした。あなたたちがどんな思いで差別に耐えていたか。私は逃亡生活の中でずっと見てきました。ですから、今日、我らの誇りを取り返しましょう。我らブーラン貴族を陰で庇護ひごし、両貴族の融和に尽力してくれたミザイル公爵家こそ真の国家の担い手にふさわしい」


 すべての敵意が国王たちに向かっていくのがわかる。


「ブーラン王家は、ミザイル公爵家を支持します」


――――

(作者)

次回の更新は3月24日に更新予定です。

20年戦争で負けた貴族側の名称について、ブーラン貴族とボールス貴族の2つの表記ゆれがありましたので、ブーラン貴族に統一させていただきます、よろしくお願いしますm(__)m

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