第78話 国王軍崩壊

―国王視点―

 

 ありえない。どうして、私はここにはいつくばっているんだ。土と血の味。泥に汚れた顔と服。みじめに破れたマントと砕かれた愛剣。


 そして、目の前にいる圧倒的な実力を持った若者。こちらの切り札だった守護竜すら撃破した怪物は、逃がさないぞとばかりに見つめている。殺気立った顔からはいくつもの死線を乗り越えてきた男の顔になっていた。馬鹿ばかな、これがグレア=ミザイルなのか? 息子に負けて、あわれにも死の迷宮に追放されたおろかな臣下。


 優しいだけの男。

 器量に乏しく、弟にすべての才能を上回られている愚鈍な兄。

 自分の婚約者すら奪われた貴族の息子。


 そんなイメージとはまるで別の強さを持った怪物がこちらをにらみつけていた。

 公爵とブーラン王国の忘れ形見がつながっていた。その事実に震えが走る。つまり、ミザイル公爵は最初からこのシナリオを描いていたということか。


 王国と対立する可能性を考えて、ひそかに準備を固めていた。国家を二分にする最後の切り札を常に手元に置きながら、政府の重鎮として私に仕えていたとは。


「これでは、私が道化ではないか」

 自分から公爵に口実を与えて、最高の舞台を用意して、おどけて踊る。

 屈辱的だ。


「ずいぶん、情けない声を出すんだな、国王陛下!」

 グレアは邪悪な笑みを浮かべていた。いつでも殺すことができるのに、あえて痛めつけるような捕食者のような顔だった。


「ちぃ」

 近衛騎士団長は、グレアの騎士に敗れた。情報局長は、負傷中で王都にいる。まだ、有利な点は数で勝ることだが……


「陛下をお守りしろ、ぎゃああぁぁぁぁああああ」

 数人の騎士団員が、グレアを排除しようと動いたが、護衛のスライムにはばまれて、逆に飲み込まれて断末魔をあげていた。


「大変だ!! 右翼のアラン子爵軍がこちらに向かって進軍中」

「左翼のラディ伯爵の裏切り、ラディ伯爵の裏切り!!」

「背後に布陣中のカリラ軍、こちらを取り囲んできています」

 公爵と近しい貴族や元ブーラン貴族が次々と裏切っていく。頼りにしていたはずの数すら逆転されてしまったかもしれない。


 自分が築き上げたすべてが崩れ落ちていく音が聞こえた。

 これが、あのダンジョンの底にある石碑に予言されていた真実の後継者の力かっ!!


 ここで捕まればどうなる。最悪の王として、反乱軍にとらわれて、裁判で嘲笑を浴びた挙句に、公衆の面前で処刑される。王族として、英雄として、誇り高く生きてきた自分が……


 どうして、そんな屈辱を受けなくてはいけない!!


 心が絶望に染まっていく。ここまで負傷し、敵に囲まれた状況では奇跡など起きるはずもない。人心も完全に離れているだろう。


「かくなる上は……」

 せめて、王として最後の尊厳を維持する。こうするしかない。手は震える。いくら戦場で死に直面したことは何度あるとはいえ、確実な死への恐怖からは逃れることはできないようだ。だが、ここで捕虜にでもなろうものなら……


 震えるな。せめて、国王として、もてあそばれるような死は避けなければいけない。隠し持っていた短刀に手を付ける。


 あとは自分の首を斬りつければ……

 敵兵の目を盗み、短刀を振るおうとした瞬間……


 最後の希望は、失われた。

 重い衝撃と共に、右腕に持っていたナイフは弾かれていた。


 刃がボロボロと砕かれていく。攻撃が来た方向を見つめると悪魔が笑っていた。


「なに、勝手に楽になろうとしているんですか、国王陛下?」

 グレアだった。こちらの動きは完全にばれていた。


「おまえは……」


「あなたには、勝手に死ぬことも許されないんですよ。待っているのは、王族や英雄として生きてきたあなたには我慢できない生き地獄だと思いますけどね。俺がダンジョンに落とされた時以上の絶望を味わってください。あなたは国王なのですから。すべての責任は、あなたが取るんですよ」

 正論を暴力のように投げつける悪魔に、泣きそうになりながら、反論する。


「私は誇り高き王族として、死を選ぶ」

 だが、その言葉を吐いた瞬間にため息とあざ笑いが起きた。


「民を守るという当たり前のことができなかったあなたが、誇り高き王族だと!? 自信を持っているのかもしれませんが、あなたは王族の器ではない。ただの血に飢えた一兵卒以下の存在です。思い上がるなっ!! あなたが王族の誇りを語るなど、虫唾むしずが走る」

 みぞおち付近に強烈な打撃が入る。あまりの痛みに意識は混濁していった。


「国王をとらえたぞ。この戦争は、俺たちの勝利だ!!」

 意識が途切れる前に、歓喜の声が聞こえた。私にとっては絶望の声が……


 ※


―死の迷宮(ソフィー視点)―


 死にたくない、死にたくない、死にたくない。こんなところで……

 王太子は震えてばかりで、奇声ばかり上げている。私がどうにかしなくてはいけない。


「(おもしろい器を見つけた!!)」

 何者かの声が聞こえた。

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